○学校・教室(休み時間)

テスト前。
教室内はなんとなくピリピリとしている。
単語帳を広げてる人もいれば、普通にお喋りを楽しんでいる人もいる。

来実「勉強進んでるー?」
美郷「んー、ボチボチかな」
来実「なんでテスト前ってこんなに憂鬱なんだろう」
美郷「本当だね」

美郷の目の前でうなだれる来実。
美郷はこの間の怜との勉強会の日を思い出していた。
怜のメガネ姿。
怜の笑顔。

来実「美郷ちゃん?顔赤いけど大丈夫?」
美郷「へっ、大丈夫だよ!大丈夫!」
来実「桐嶋くんと何かあったとか.......」
美郷「そ、そんなことっ!」
来実「ふふっ、美郷ちゃんってわかりやすい。ね、何あったのか教えてよ」

怜との勉強会のことを来実に話す。
来実はニヤニヤとしながら聞いていた。

来実「へぇ、それで桐嶋くんにドキッとしちゃったと.......」
美郷「いやっ、それはっ」
来実「認めちゃいなよ、桐嶋くんに惹かれてるって」
美郷「それは恥ずかしいっていうか.......」
来実「気づいちゃったものに気づかないフリをするのは難しいよ?」
美郷「うん.......」

自分でも思っていた。
怜に惹かれている自分に気づかないフリをしていた。

美郷(桐嶋くんは付き合っているフリをしているニセ彼氏だから.......)

怜は私のことを“好きになることはない”とはっきり言っていた。
桐嶋くんが私を好きなることなんかきっとない。
だから、気づかない方が幸せだった。
気づきたくなんかなかった。

来実「そういえば今日、桐嶋くん休みだよね」
美郷「う、うん」

後ろの怜の席の方を見る。
廊下側から2列目、後ろから3番目の席。
そこは空っぽだ。

来実「美郷ちゃん、何か聞いてるの?」
美郷「ううん、何も……でも、先生が朝、風邪でって言ってた気がする」
来実「風邪かぁ……桐嶋くんも風邪ひくんだね」

美郷(確かに桐嶋くんが寝込むなんてイメージはないかもしれない。桐嶋くん、大丈夫かなぁ……)

来実「そうだ!放課後お見舞いに行ってあげなよ!」
美郷「お見舞い?」
来実「そうそう。きっと心細いだろうから喜ぶって!」
美郷「そうかなぁ……」

美郷(来実ちゃんは桐嶋くんの裏の顔を知らないから……あの桐嶋くんが喜ぶ顔なんて。それより迷惑がられないかどうか。)

そう思いつつも、美郷は怜のことが心配だった。

美郷「行ってみようかな」
来実「うんうん、それがいいよ!」


○学校・教室(放課後)

来実「お見舞い行くの?」
美郷「うん、これからちょっと食べられそうなものコンビニで買っていこうかなって」
来実「いいじゃん!喜んでくれるといいね」
美郷「うん」

それはちょっと自信が無い。
けれど、心配だから顔を見に行きたい。
来実と別れたあと、コンビニへ行き、具合が悪くても食べられそうなゼリーや飲み物を買って、怜の部屋へと向かった。


○学生寮・怜の部屋(放課後)

───420号室。
ここへ来るのは2回目。
恐る恐るノックをした。

怜「はい」

ドアの向こうから怜の声がする。
いつもよりも声が低い。
それがまた美郷をドキッとさせた。
そしてドアが開き、中から怜が出てきた。

怜「誰?」
美郷「私……入ってもいい?」
怜「……あぁ」

怜に部屋へ招き入れてもらう。
部屋の中は今日も綺麗だった。
男の子の部屋は汚いイメージがあったから、普段から整理整頓されているのは意外だった。

怜「どうしたの?……ゴホッゴホッ」

苦しそうに咳をする怜。
そんな怜を心配する美郷。
怜の頬はほんのり赤く染っており、熱があるのが見てもわかった。

美郷「体調大丈夫?風邪で休みって聞いたから……ほら、一応私彼女だし、心配で……」
怜「ありがとう、心配してくれて。ゴホッ……でもあんまり近づくと移っちゃうよ」

ベッドに座ってそう辛そうなのに笑う怜。

美郷「ゼリーとか買ってきたんだけど食べられそう?」
怜「んー、じゃあ食べさせて?」
美郷「えっ?」
怜「ほら、あーん」

そう口を開けて美郷を見る怜。

美郷(本気で言ってるの?でも、桐嶋くんは本当に具合悪そうだし……)

心を決めて、ゼリーと付けてもらったスプーンを開ける。
ぷるんとしたゼリーを一口すくう。

美郷「はい、桐嶋くん」
怜「あーん。ん、美味しい」

ゼリーを食べさせてもらった怜は、満足そうにしている。
怜はそのままペロリとゼリーを完食した。

美郷「思ったよりも元気そうで安心した」
怜「俺だって、そんなヤワじゃないよ。でも───」
美郷「きゃっ」

ベッドにいる怜に腕を引かれて引き寄せられる。
ベッドの上に押し倒される美郷。

美郷「桐嶋く……」
怜「弱ってる男に近づくのは危険だよ?」
美郷「えっ、桐嶋くん、なにっ……」

後ろからギュッと抱きしめられる美郷。
するとすぐに怜の寝息が聞こえた。

美郷(やっぱり、体辛かったんだ……)

じんわりと怜の熱が体越しに伝わってくる。
身動きが取れない。

怜「美郷……行かないで」
美郷「……えっ?」

怜は確かに寝ている。
それは怜の漏らした寝言だった。
いつもの怜からは想像のつかない弱い声。

美郷「桐嶋くん……」

美郷(桐嶋くんはどんな夢を見ているんだろう……桐嶋くんに何があったんだろう)

そんな疑問がたくさん出てくる。
抱きしめられたまま身動きの取れない美郷は、そのまま眠ってしまった。


○学生寮・怜の部屋(夜)

美郷「んんっ……」
怜「あ、起きた?」
美郷「あれ、私……」

重い瞼を擦って起き上がる。
怜はミニキッチンでお茶をいれていた。

怜「ぐっすりだったよ、美郷」
美郷「あっ……」

そうだ。桐嶋くんのお見舞いに来て……そのまま私も寝ちゃったんだ。
何があったのか思い出す。

美郷「桐嶋くん、体調は?」
怜「あぁ、寝たらだいぶ良くなった」
美郷「そっか、よかった」

本当に怜はもう顔も赤くないし、元気そうで安心する。

美郷「そういえば……」
怜「何?俺、なんかした?」

弱々しい声をした怜のことをふと思い出す。

美郷「ううん、なんでもない」
怜「ふぅん」

それはなんとなく聞いてはいけない気がして、それ以上聞くのはやめた。