○学生寮・怜の部屋の前(昼)

来実「美郷ちゃんと桐嶋くんの1週間同居決定っ!」
美郷「ええっ!?何言ってるの、来実ちゃん!」

来実の肩を掴んで問いかける。

来実「なにもそのままの意味よ。ね、いいでしょ、桐嶋くん」
怜「あぁ」
来実「ほらね」
美郷「な、なっ……!」
怜「必要なもの持ってこいよ、美郷」
美郷「怜くんまでっ!」
来実「怜くんって……ふふっ。すっかり仲良しカップルじゃん」
美郷「もう、来実ちゃんっ!」
怜「じゃあ、待ってるからな」
美郷「……っ」

こうして私の1週間同居生活が始まってしまった。


○学生寮・美郷の部屋(昼)

一度部屋に戻って必要なものをカバンに詰めていく。

美郷(着替えと……教科書とかも持っていかなきゃだよね)

それにしても本当に怜くんと同居することになっちゃうなんて……
怜くんなら断るかと思っていた。
あんなにすんなり受け入れるなんて……

そう思いながら荷物を詰めていく。

美郷(これで全部かな……)

1週間のほとんどを制服で過ごすから、荷物は少なくて済んだ。
荷物を持って、また怜の部屋へと戻る。


○学生寮・怜の部屋(夕方)

怜の部屋へと行く時間には、もう日が傾き始めていた。
420号室に着き、ドアをノックする。
すぐに怜が出てきた。

怜「随分かかったな」
美郷「持ってくものと置いてくもの考えてたら時間かかっちゃって……」
怜「ふーん。まぁ、入って」

前にも入ったことがある怜の部屋。
相変わらず、綺麗に整理整頓されている。

怜「荷物はその辺に置いといて」
美郷「うん、ありがとう」
怜「そろそろご飯時だし、食堂行くか」
美郷「うん、お腹空いた」

時計を見ると18時30分を指していた。

食堂は18時から開いていて、20時までに食べ終わるように決まっている。
普段美郷は、来実と一緒に行っていた。怜と行くのは初めてだった。


○学生寮・食堂(夜)

クラスメイトは当然のこと、全寮制のため、他のクラスの人とも食堂では顔を合わせることになる。
普段一緒にいない美郷と怜がいることで、まわりはザワついていた。

美郷「みんな見てる……」
怜「放っておけよ。時期に慣れて収まるから」
美郷「うん」

怜はさほど気にしていないようだった。

美郷(やっぱり気になっちゃうよ……)

美郷は気になって仕方がなく、恥ずかしくなる。

怜「大丈夫だって。俺は美郷の彼氏なんだから堂々としてろよ」
美郷「うん、ありがとう」

怜は美郷の心を見透かしているようだった。
思っていたことが伝わっているみたい。
“俺は美郷の彼氏なんだから堂々としてろ”
その言葉にドクンと胸が鳴った。

今日の夕飯はハンバーグにポテトサラダ。
食堂に入った時からそのいい匂いがしていた。
カウンターを回っておかずをセッティングされたお皿を取り、席につく。

怜「いただきます」
美郷「いただきます」

箸でハンバーグを割ると、ジュワッと肉汁が溢れ出てくる。
それだけでヨダレが出てきそうだ。
一口大にカットして、口へと運ぶ。

美郷「んーっ、美味しい」
怜「随分と美味しそうに食べるのな」
美郷「だって美味しいんだもん」
怜「……っ」

美郷の笑顔にドキッとした怜は、不意に顔を逸らす。

美郷「どうしたの?」
怜「なんでもねぇ」

怜は照れを隠しながら、ご飯をかきこんだ。


○学生寮・怜の部屋(夜)

無事に夕飯を終えて部屋に戻ってくる。
何を話すわけでもなく、部屋の中に微妙な距離感を保ったまま座る2人。
先に口を開いたのは怜だった。

怜「大変だったな」
美郷「……へ?」
怜「美郷の部屋」
美郷「あぁ、うん。まさか帰ってきたらあんなことになってるとは……」

美郷(思ってもいなかった。なぜか私の部屋だけなんて……)

そのおかげでこうして気持ちの通じ合った怜くんと一緒に居られるわけだけど……

怜「先、シャワー浴びて来いよ」
美郷「いいの?」
怜「あぁ」
美郷「じゃあ、お先に」

先にシャワーを浴びさせてもらえることになった。
お風呂場に入ってから深呼吸をする。

美郷(緊張した……)

こんな長い時間怜と2人きりになるのは花火の日以来のこと。
ずっと胸がドキドキと大きな音をたてている。
工事が終わるまで約1週間かかると言われた。
その間ずっと怜と暮らすのだろうか。
それは私の心臓が持ちそうにない。

シャワーから上がった美郷は、ルームウェアへと着替える。
胸のドキドキがおさまらぬまま、部屋に戻った。

美郷「おまたせ、怜くん」
怜「……っ」

濡れたままの髪をおろす美郷にドキッとする怜。

美郷「どうかした?」
怜「なんでもない。俺も入ってくる」

怜はぶっきらぼうにそう言って、美郷の隣を通りシャワーを浴びに行った。

美郷(何か怒らせてしまったのだろうか)

怜がシャワーに行っている間、悶々とする美郷。
怜を怒らせた記憶はさらさらないけれど、怜は明らかに態度が違う。
多分態度がおかしくなったのは、夕飯の時。

私が押しかけてしまったから?
夕飯の時になにか嫌なことをしてしまった?

いろいろなことを考えてみるけれど、やっぱり思い当たることは無い。
そうこうしているうちに怜が上がってきた。

やっぱりなんだか、怜の様子がおかしい。
いつも以上に無口で、1人、キッチンで水を飲んでいる。

怜「髪、乾かさねぇの?」
美郷「ひゃっ」

後ろから髪を触られて、変な声を出してしまった美郷。

怜「なんて声出してんだよ」
美郷「れ、怜くんが驚かすからっ」
怜「早く乾かさないと風邪引くぞ」

そう言いながらどこかへと行ってしまった怜。
それに首を傾げる美郷。

怜「ここ座れよ」

ここと示されたのはベッドの上。
戻ってきた怜の手にはドライヤーがあった。

怜「俺が乾かしてやるから座れ」
美郷「う、うん」

美郷はベッドの縁に腰掛ける。

美郷(まさか、怜くんが髪を乾かしてくれるなんて……)

言われるがままに座ると、温風が髪に当てられる。
髪を梳く怜の手はとても優しかった。
敏感に怜の手が触れるのを感じる美郷は、ドキドキが止まらない。

美郷(ドライヤーの音がうるさくて良かった)

そう思うくらいにはドキドキが止まらなくなっていた。
目の前に鏡がないから、怜の顔を見ることができない。
今、どんな顔をしているのだろうか。

怒ってる?
呆れてる?

怜「終わった」

私の長い髪を怜は丁寧にドライヤーをかけてくれた。

美郷「うん、ありがとう……へっ?」

お礼を伝えるのと同時に後ろから抱きしめられる。
一瞬何が起こったのかわからなくて、心臓が止まるかと思った。

怜「どうしよう。自分が思っているよりも美郷が好きらしい」
美郷「……っ」
怜「他の男たちから注目されている美郷を見ているのが辛かった。なんか、ムカついた。俺の美郷なのに」

怜が耳元で囁くから、なんだかくすぐったい。

美郷「怜くっ……」
怜「もっと美郷に触れたい。美郷をめちゃくちゃにしたい」
美郷「あっ……」

美郷はベッドの上に押し倒される。
美郷の視界は部屋から天井へと反転する。

怜「美郷が傍に居ると、理性が飛びそうになる」
美郷「……っ」

頭を撫でる手が顔に移り、頬や顎を撫でる。
そして、親指が唇に触れた。
美郷はキスをされるのかと思い、ギュッと目をつぶる。

怜「なーんて、ね。すぐ顔真っ赤にしちゃって可愛い」

怜が面白そうにふっと笑う。

怜「美郷が嫌がることはしねーよ」

そう言って怜は、美郷の隣に寝転がった。

怜「でも、こうさせて」

後ろからギュッと抱きしめられる。

怜「おやすみ、美郷」

美郷(こ、このまま寝るの!?……でも、幸せかもしれない)

ドキドキが止まらないけれど、それと同時に怜に包まれていることに安心する。
絶対に寝られないなんて思っていたはずなのに、美郷はすぐに寝息をたてていた。

怜「毎日こんなんで、寝れるかっつーの」

反対に怜は、理性と戦いながら一夜を過ごしていた。