○お祭り会場(夜)

怜「俺、美郷のことが好きだ」

花火が重なったのに、その声だけははっきりと耳に届いた。

美郷「えっ……」
怜「今、なんて言った……?」

2人は驚いて目を合わせた。

美郷「それ……本当?」
怜「あぁ。美郷も……嘘じゃねーよな?」
美郷「そんな嘘、つかないよ」
怜「はぁー緊張した」

打ち上がる花火をよそに手を顔に覆いながら下を見る怜。
ドキドキが止まらない美郷もつられて下を見る。
その間も綺麗な花火が打ち上がっていた。

美郷「桐嶋くんも同じ気持ちだったなんて……夢見たい」

恥ずかしくなって、両手で顔を覆う。

怜「なぁ、名前で呼べよ」
美郷「えっ?」
怜「俺は美郷って呼んでるのにお前だけ“桐嶋くん”は違うだろ」

美郷(突然、名前で呼ぶの!?)

それは緊張する。
ずっと桐嶋くんのことは、桐嶋だったから。
でも確かに私だけ桐嶋くんはおかしいかもしれない。

美郷「れ、怜……くん」
怜「あぁ」

怜は照れくさそうに返事をして、呟く。

怜「これはやべぇな」
美郷「何か言った?」
怜「いや、何も」

花火が終わったあと、2人と合流する。

来実「美郷ちゃーん!桐嶋くーん!」

遠くでブンブンと手を振る来実が見える。
その隣で同じく駿介も手を振っていた。
メッセージアプリで連絡を取り合って、なんとか合流することができた。

美郷「はぐれちゃってごめんね……」
来実「いいよいいよ!」

グイッと来実が近寄ってきて耳打ちする。

来実「2人きりでどうだった?」
美郷「えっとそれは……っ」

来実に正式に付き合うことになったことを報告する。

来実「きゃーっ!良かったね、美郷ちゃん!」
美郷「う、うんっ、いろいろ背中押してくれてありがとう」

来実にギューッと抱きしめられる。

お互いの告白になったけれど、ちゃんと言葉にできたのは来実ちゃんのおかげ。
相談に乗ってくれていた来実ちゃんには感謝の気持ちでいっぱいだった。

怜「帰るぞ」
駿介「またはぐれちゃうよー」
来実「はーい!行こ、美郷ちゃん。またお話聞かせてね」
美郷「うん、わかった」

そうして、お祭り会場を後にした。


○学生寮(昼)

夏祭りが終わり、お盆期間は実家に帰って過ごした。
久々の実家は、やっぱり落ち着く空間で、たくさん美味しいものを出してくれて、おかげで少し太ってしまった。

美郷(そろそろダイエットしなきゃ……)

鏡を見る度にそう思っていた。
明日から二学期が始まるということで、今日、学生寮へと帰らなきゃ行けない。
重いキャリーバッグを転がして、学生寮へと戻ってきた。

来実「あっ、美郷ちゃーん!」
美郷「来実ちゃん、久しぶり」

学生寮の入口でばったり来実に出会う。

来実「久しぶりだねーっ!夏休みどうだった?」
美郷「うん、久しぶりの実家で楽しんできたよ。来実ちゃんは?」
来実「家族旅行もして楽しかったよー」
美郷「家族旅行かぁ、いいね!」

夏休み中の思い出を話しながら部屋へと向かう。
学生寮にはエレベーターがなく、キャリーバッグを持ちながら3階まで上がるのは一苦労だった。

来実「じゃあ、またね!」
美郷「うん、またね」

隣の部屋同士の2人。
部屋の前でそれぞれ別れて中に入った。

美郷「うっそ……」

夏休み中、大きな台風が通過していた。

美郷「なに、これ……」

美郷の部屋の窓ガラスが粉々に割れていた。
部屋の中には木の棒もあり、風で飛んできたらしい。

美郷(これはさすがに住めないよね……)

そこそこ大きく穴が空いてしまっていて、風が部屋の中に入り込んでいる。
報告するために職員室へと向かった。


○職員室(昼)

美郷「───という状態で……」

窓ガラスが粉々に割れていることを担任の先生に相談する。
念の為にと撮ってきていた写真を先生に見せると、「こりゃ酷いな」と呟いていた。

先生「ちょっと待っててくれ」

そう言われてその場で待つ。
先生は他の先生へ報告し、対応を決めているようだった。
しばらくして先生が戻ってくる。

先生「修理してもらえることになったんだが、この前の台風の影響で業者も混んでいるらしくてな、修理するのに1週間はかかるみたいなんだ」
美郷「そうですか……」

確かにニュースになるくらい酷い台風だったみたいだから、それなりに被害も広がっているのだろう。

先生「それでだな、直している間なんだが、本当は空き部屋を使ってもらいたかったんだがあいにくどこも空いてなくてね……友達の部屋に1週間だけいてくれないか?」
美郷「わかりました。友達に聞いてみます」
先生「よろしく頼むよ。なるべく早く戻れるようにお願いしておくから。何かあったらまた教えてくれ」
美郷「はい。ありがとうございます」

ぺこりとお辞儀をして職員室を後にする。

美郷(友達の部屋かぁ……来実ちゃんに聞いてみるしかないかも。)

美郷はその足で来実ちゃんの部屋へと向かった。


○学生寮・来実の部屋(昼)

314号室の部屋のドアをノックする。

来実「はーい」
美郷「美郷です」
来実「美郷ちゃん!どうしたの?」
美郷「実は……」

来実にさっきまでの出来事を話す。
来実はびっくりして聞いていた。

来実「それで住むところが必要なのね」
美郷「うん、そうなの……それで1週間だけお邪魔させて貰えないかなって」
来実「私はいいんだけど……そうだ!もっといいところあるじゃん!」

来実は何かを閃いたようで、不敵な笑みを浮かべていた。
そんな来実の笑顔を見て、美郷は嫌な予感を覚えていた。

来実「ちょっと来て!」
美郷「わぁっ、く、来実ちゃんっ!?」


○学生寮・怜の部屋(昼)

来実に手を引かれてやってきたのは、420号室。

美郷(こ、ここって……)

迷わず来実はそのドアをノックする。
そしてその部屋の主の名前を呼んだ。

来実「桐嶋くーん!」
怜「何?」

ドアはすぐに開いて、怜が出てきた。
怜と連絡は度々取っていたけれど、会うのは夏祭りぶりだった。
なんだか緊張する。
胸の鼓動が早くなった。

来実「桐嶋くん、突然なんだけど1週間くらいこの子預かってくれない?」
美郷「えぇっ!?」
怜「はぁ?」
来実「美郷ちゃんの部屋さ、この前の台風で窓ガラスやられちゃったみたいで修理に1週間かかるみたいなの。その間違う部屋で過ごしてもらうことになったらしいんだけど、私やることあってさ……ね、お願い!」

来実がまくし立てるようにそう話す。

怜「やることって……」
来実「ね!美郷ちゃんと一緒に住めるなんて最高でしょ!?」
怜「……ま、まぁ」

美郷(ちょっと、怜くんっ!)

2人の話についていけず、あんぐりと口を開けたまま会話を聞くだけの美郷。

来実「じゃあ、決まり!」
美郷「え、えっ、何が!?」
来実「だーかーらー、美郷ちゃんと桐嶋くんの1週間同居決定っ!」
美郷「ええっ!?」

全ては計画通りと、来実は小悪魔的な笑みを浮かべていた。