十和は私を見上げると



「おはよ,"せんぱい"」



そう応える。

今日はせんぱいなのねと,私はめを丸くした。

昨日はあゆなんて軽々しく呼んで来たのに……

しかも。

目元の緩め方は昨日見た通りなのに,その声色や雰囲気は,どこかかわい子ぶっているようにも見える。

戸惑いながら,私は手を下ろした。



「またね」



不思議そうに私を見た十和が言う。

その十和が,私の知っている十和に1番近くて。

私も同じように返した。

踵を返そうとするも,視線を感じてもう一度だけ振り返る。

声が大きかったのか,驚いたように私を見つめる視線が多く集まっていた。

そのまま視線は振り切って,階段を上る。

ははーん,分かった。

ピーンと来たその答えに,私はにまりと笑った。

あぁ,クイッとあげられるメガネがあれば良かったのに……

少し,残念である。

そう,十和には……

きっと,声かけてくる様な友達がいないんだよね。

だって。

第一声が

『ひゃくめんそう』

で,勝手に先輩を呼び捨てにしてからかっていた変人だもん。

うん,と3回くらい頷いて,私は気分よさげに残りの階段をかけ上がった。

まぁ,もう知り合いなんだから,せんぱいよりゆあのが嬉しいんだけどね。

がらりと音楽室のドアを開けると,もうがやがやと賑わっている。



「あっ! あゆ! もうどうゆうことな……」

「はい皆さんこんにちわ,着席してね~」



何か言いかけたもーちゃんの声は,じゃーんとなるピアノに遮られ。

授業中ずっと,私は何か言いたげなその顔に,穴が空くほど見つめられた。

……どうしたの,もーちゃん。

その一言が,授業中はもどかしい。

あーあ。