眼球を舐めたい

 俺はまるで、蜘蛛の巣に捕らえられた脆い蝶だ。踠けば踠くほど、糸は絡みついてくる。手繰り寄せていた理性の糸すら、俺の自由を奪っているかのよう。理性を失っていれば、眼球を舐められる、という恐怖に打ち勝つことができたのだろうか。

 本当は、ただ、怖いだけだった。舐められるのが怖いだけだった。怖いだけだったから、抵抗しただけだった。それだけのことだった。その感情がなければ、相手は、俺の目を褒めてくれた高槻だ、誰にもモテない俺をずっと見てくれていた高槻だ、口説かれてすぐ舐められてしまってもよかった。恐怖心さえなければ。

「羽柴の眼球を、ずっと舐めてみたかった」

 俺の手首を掴んでいた高槻の右手の指が、コンタクトレンズをつけるような要領で、俺の左目を開かせた。無防備となった眼球目掛けて、躊躇なく近づいてくる唇。舌で湿らせた唇。眼球を舐めるのは、その舌だ。俺の耳を舐めて犯した、熱く濡れた舌だ。

 未知なる恐怖が瞬時に目覚め、俺の身体を覆い尽くした。我慢して、我慢して、我慢して。恐怖を我慢する。眼球を舐められるのは、恐怖でしかない。

 人の舌は、間近で見ると、吐き気を催しそうなほど気持ちの悪い、ざらざらとした真っ赤な軟体生物のようだった。それは、目を背けたくなるほどグロテスクだった。それは、俺の口内でも飼っているものだった。それは、溢れ出る狂気を隠しもしない高槻の舌だった。

 眼球を舐めたがり、眼球を舌先で味わう高槻は、きっと、眼球フェチというもので。人の眼球に異常に執着するその姿は、俗に言うサイコパスだとも言えた。そう、高槻は、疑う余地もなく、眼球を舐めることに性的な快感を覚えるサイコパスだった。



END