○火曜日、県立N高等学校の一年三組の教室(一時間目が終わった休み時間)

平の席がぽっかりと空いていて、六花は寂しい気持ちでそれを見ている。前の席に座るかっしーも気づいて、六花と同じようにそれを見る。

六花「……会いたいです」
かっしー「うん。寂しいね。停学っていつまでなんだろうね?」
六花「わからないです。平くんはメッセージを送っても返信をくれないし、坂巻くんの連絡先は知らなくて」
かっしー「……元気だといいね」

かっしーの気遣いに、力無く笑ってみせる六花。

かっしー「元気出そうよ、六花ちゃん。黒崎くんは退学したわけじゃないんだし。また教室に戻って来てくれるよ」
六花「はい。そうですね……」



○金曜日、学校の近くの公園(放課後)

ブランコに腰掛けて、ひとりでスマートフォンを見ている六花。スマートフォンの画面には今朝、平に送ったメッセージが表示されている。

六花のメッセージ《平くん、今日は金曜日です。放課後にお伺いしてもいいですか?》

六花(……やっぱり返事は無い、かぁ)

視界が揺れてくるのを感じる六花。

六花(あ、泣きそう)

うるうるしてくるけれど、勢いよく顔を空に向けて、泣かないようにこらえている六花。

六花(泣かない、泣かないっ!)
(泣くより前に、私には考えなくちゃいけないことがあるんだ)

空に顔を向けたまま、目を閉じて考える六花。

六花(どうしたら、平くんのそばにいられる?)
(離れないためには、どうすればいいの?)

六花「……どうしたらいいんだろう?」

その時、どこからか、呼ばれる六花。

素直「師匠?」

目をパッと開けて、声のするほうを見る六花。素直が公園の入り口に立っている。

六花「素直くんっ!!」
素直「わぁ、師匠だっ!」

ブランコまでかけ寄って来る素直。

素直「この間、大丈夫だったの?なんか大変だったんだよね?」
六花「あ、はい。私は大丈夫です。平くんに助けてもらえました」

ニコニコ笑う素直。

素直「やっぱりなぁ。兄ちゃんって、すごいよねー!」
六花「はい。すごいですっ」
素直「いいなぁ、オレも兄ちゃんみたいになりたいなぁ」
六花「平くんみたいに?」
素直「うん。優しくてー、かっこいいし!」
六花「……そうですね、でも」

六花は素直ににっこり笑う。

六花「素直くんはすでに優しくて、かっこいいですよ」
素直「えー?いいよー、気を使わなくてもさー」
六花「正直な気持ちです。お二人とも優しくて、かっこいいのは間違いありません!」
素直「うー、照れるから、話変えよう?」

素直がもじもじする。

六花(可愛いなぁ)

泣きそうだった気持ちが、素直のおかげでほっこり和んだ六花。

素直「ごはん会、やめるんだよね?」
六花「えっ!?」
素直「あれ?違うの!?違うほうがオレは嬉しいんだけど!!」
六花「私は続けたいですっ。平くんがそう言ったんですか?」

素直は戸惑った表情。

素直「え、うん。もうごはん会しないからなって、突然言われて……。てっきりオレ、師匠がしないって言ったんだと思ったんだ」
六花「私が?」

今度は六花が困惑した表情。

素直「だって兄ちゃんはごはん会の時、楽しそうだったから。はりきってごはん作ってくれてたし、師匠が家に来ると本当に嬉しそうだったから」
六花「……っ」
素直「それだけじゃないよ。前に兄ちゃんが風邪引いた時もさ、オレ、びっくりしちゃった」
六花「?」
素直「だって、兄ちゃんが家族以外の人に頼るなんて、初めてだったからさー」
六花「そうなんですか?」

素直は大きく頷く。

素直「父さんも驚いてたんだよ!兄ちゃんにとって、師匠は特別なんだねって話してたんだー」

六花(平くん……)

また泣きそうになってくる六花。

素直「師匠?」
六花「……そばにいたいです」
素直「?」
六花「平くんの、そばにいたいんです」

六花の目にいっぱいの涙が溜まる。

六花「どうしたら、どうしたらいいんでしょう?素直くん、私……、平くんに会いたいです」

ポロポロ涙をこぼす六花に慌てる素直。

素直「師匠っ、大丈夫!?泣かないで」
六花「ごめんなさい、でも、平くんがっ、平くんがっ、私から離れていっちゃうんですっ」

ひっく、ひっくと、しゃくり上げて泣く六花。

素直「オレは師匠を応援してるよ!!もちろん、兄ちゃんも好きだけど、師匠も好きだよっ!!」

素直がほんの少しかかとを上げて、六花の頭を撫でる。

素直「師匠、元気出してっ!」
六花「素直くん……、優しいですっ」

六花はまだ泣きじゃくっている。

素直「そんなに泣いてたら、お腹空くよー?」
六花「……確かに、お腹空きました……」

六花のお腹の虫がきゅるっと鳴く。

素直「あはっ!本当にお腹鳴ってるよ?」
六花「あはっ、あはははっ」
素直「師匠〜、泣くか笑うか、どっちかにしてー」

素直と笑う六花。

六花(そうだよ)
(今は泣いてちゃダメだよね?)
(だって、私)
(まだ平くんに何も伝えてないもん)

ふと、六花にある考えが浮かぶ。

六花「……素直くん」
素直「ん?」
六花「協力してくださいますか?」



○黒崎家、玄関

素直が玄関ドアを開ける。六花は小さな声で「お邪魔します」と呟き、家の中に入る。家の奥、キッチンのほうから何かを包丁で切っている音がしている。

六花(平くんの気配だ)

その気配を感じるだけで、安心感を得る六花。

素直「おかえりなさい、師匠」

素直もにこにこと、小声で呟く。

六花「ありがとうございます。ただいまです、素直くん。あとは、祈っておいてください」
素直「うん、部屋で祈ってる」

素直はそぉっと階段を上がっていく。六花はすぅっと息を吸い込み、少し声を張る。

六花「平くんっ、いますか!?いますよね!?」

キッチンの物音がぴたりと止まる。それから数秒して、平が玄関までやって来た。

平「角砂糖!?なんで!?」
六花「協力者の了承を得て、ここに立っています」
平「なおのヤツ……」
六花「わ、私が無理にお願いしたんです。怒らないであげてください」
平「角砂糖、悪いけど……」

平の言葉を遮るように「お邪魔しますっ」と言って、リビングに移動する六花。

六花(少しの間来れなかっただけなのに、なんだか懐かしく感じちゃうんだな)

木製のローテーブルの前、優しいブルーの大きなラグに直接座る六花。平もリビングにやって来る。

平「角砂糖、あのさ」
六花「お話がありますっ」

六花はまた平の言葉を遮る。そんな六花に、平はひとつため息をこぼす。

六花(うぅ、迷惑がられている……)
(でも)

六花は口をぎゅっと結ぶ。

六花(負けるな、私!)

平のほうに向き直り、真剣な眼差しで見つめる六花。

六花「……どうしてメッセージの返事をくれないんですか?」
平「……」
六花「私、待ってました。ずっと」
平「うん」
六花「これからだって、待つつもりです」
平「……」

平がうつむく。

六花「ずっと、ずっと待ちたいんです」
平「いいよ、待たなくて」
六花「っ!」
平「もう関わるの、やめよう?角砂糖のこと、これ以上傷つけたくない」
六花「やだ」

六花はゆっくり首を振る。

平「オレと関わってもろくなことにならないよ。角砂糖だってわかってるだろ?」
六花「わかりません」
平「怖い目に遭ったじゃん」
六花「怖くなかったですっ」
平「痛い思いだってしただろ?」

六花は何度も首を振る。

平「角砂糖」

平が六花のそばに来る。スッと手を伸ばし、六花の頬に触れる。羽奈に平手打ちされた頬。

平「本当、ごめん」
六花「平くんのせいじゃないです」
平「オレのせいだよ」
六花「違う……、違います」

平の手に、そっと自分の指先を重ねる六花。

六花「離れようとしないでください」
平「……」
六花「私から、離れないで……」

再びうつむく平。

六花「平くん、こっちを見てください」

平がゆっくり顔をあげる。目と目を合わせる二人。

六花「好きです」

六花の目が潤む。

六花「平くんのことが、好きです」

切ない表情になる平。

六花「いつだって優しくそばにいてくれました。……励ましてくれました。いつも味方になってくれて、私、本当に心強かったんです」
平「……」
六花「平くんのそばにいたいのは、私のほうです。そばにいられるような人間になりたいのは、私のほうなんです」

六花の目から涙の粒がこぼれる。

平「……泣くなよ」

弱々しい声で呟いた平。六花の顔に自分の顔を近づけて、自分のおでこと六花のおでこをコツンと合わせる。

平「お願いだから、わかってよ」

六花は重ねた手で、平の手を包むように握る。

六花(離したくない……)

平「角砂糖のこと、大事だから」

六花の涙は止まらない。

平「怖いんだ」

六花(……あ)
(平くんの声)
(震えているみたいに聞こえた)

おでこを離す平。六花と目を合わせる。

平「ごめんな、角砂糖」

六花(悲しそうな目をしないで)
(そんな顔されたら)
(私……)

平「悪いけど、今日は帰って?」
六花「……っ」

握っていた平の手がすり抜けるように、離れる。平が立ち上がり、六花も立ち上がる。のろのろと玄関まで移動する六花。

六花「お、お邪魔しました」
平「気をつけて」

靴を履き、玄関ドアを開けて、振り返る六花。

六花「平くん」
平「ん?」

六花(ごはん会、続けたいです)
(……って、言ったら)
(平くんはどんな顔する?)

六花「……いえ、なんでもないです。突然失礼しました」
平「うん。じゃあ」

玄関ドアから外へ出た六花。ドアが閉まる。門扉の所まで行って、再び振り返り、黒崎家の家の外観を見上げる。

六花(また、ここに来られますように)

心の中で小さく祈って、またこぼれた涙の雫を指先で払う六花。ゆっくりと駅まで歩き出す。背中に寂しさを背負ったようなどんより重い心地は、六花の気持ちを沈ませていく。

六花(息苦しいよ)
(恋って)
(ドキドキして、楽しいばっかりじゃないんだな)
(平くん、それでも私は)

まだ明るい空を見上げて、六花は立ち止まる。

六花(この恋を手放したくないよ)