ガチャッという音と共に、私の目の前を風が掠める。

 ふわっと、優しい春の風。

 もうすぐ桜が咲きそうな木は、和やかな雰囲気を醸し出しているように見えた。

「小森さん、来てくれてありがとう。」

「……先輩、卒業おめでとうございます。」

「ふふっ、それもありがとう。」

 先輩はいたって普通。

 胸ポケットに卒業した証の綺麗なコサージュがつけられていて、卒業なんだという現実を突きつけられる。

 それなのに先輩は、いつも通りに微笑んでいた。

 どうして、私をここに……。

 そう言いたくなってしまったけど、ぐっと堪える。

 先輩が切り出すまでは……言わないほうが、良い気がしたんだ。

「春から大学生なんて、実感が湧かないな。まだ高校生みたい。」

「三月まではまだ、先輩も高校生ですよ。」

「そうだよね。まだ、気が早いかな。」

 天然の片鱗を見せながら、何かに思いを馳せるように屋上の手すりに摑まる先輩。

 先輩との距離は、たった数メートル。

 だけど私にその数メートルは、縮められない。