アルバイトの勤務時間を終えて仲間に挨拶を終えると、キッチンから出てきた店長が「大事な話がある」と呼び止めた。
休憩室で対面して座った店長は、両肘をテーブルにつけて口元で両指を絡ませて話を始める。
こうやって、着席したまま話すのは面接の日以来のこと。
「先週の土曜日、例のサングラス男がしつこく迫ってきたんだって? 他の従業員から聞いたよ。……怖かったでしょ」
「……あ、はい」
「僕は出勤していたのに気付いてあげれなくてごめんね」
「いえ、あの日は人手不足だったので仕方ないです」
本当は男がグイグイ迫って来た時は悲鳴を上げたいほど怖かった。
特に壁際に追いやられた時は頭が真っ白に。
でも、従業員としての立場と、人手不足で忙しく働き回るみんなのことを考えたら、助けを求める事が出来なかった。
「来店記録があるから彼の個人情報は手元にある。ただ、被害が起きてしまってからじゃ遅いから、辞める事を視野に入れてもいいからね。覚悟を決めるのは一ノ瀬さんだから」
和葉は店長からの思いもよらぬ提案に、テーブル下でギュッと拳を強く握りしめる。
「でも、ここの従業員が好きだし、仕事も楽しくて慣れてきたから、長く続けたくて……」
「心に傷を負ってからじゃ遅いんだよ。実はあの客は昔からの常連客だったけど、一ノ瀬さんが勤め始めてから、来店数が急に増えたんだ。きっと、一ノ瀬さんが目当てだと思う」
「どうですかね……」
言葉を濁しつつも納得している。
男の来店数が増えたのは、自分でも薄々感じていた。
「実は、過去に僕の彼女がストーカー被害に遭ったから、同じような被害者を生み出したくないんだ」
「えっ、ストーカー?」
「うちなら交代要員が見つかればいつでも辞めていいから。従業員の身を守るのが第一だからね」
男が原因で仕事を辞めるなんて、前職の時から馬鹿馬鹿しいと思っていた。
しかし、身近な人物から被害例が挙がってくると、テレビのニュースで放送されるよりも事件が身近に感じてしまう。



