和葉は身を包んでいた布団を剥がしてベッドから立ち上がり、決意を固めて照明をつけてから扉を開けて父親を部屋に招き入れる。
和葉は話をする決断をしたが、全てを話すつもりはない。
人生の先輩としてアドバイスが欲しかった。
しかし、いざ悩みを話すとなると緊張する。
「あのね、おじさん。私、一番大切な人を傷つけてしまったの。勿論、故意的に傷付けようとしてた訳じゃない。自分の甘さと未熟さが原因だった」
「だから落ち込んでたんだね」
「うん……。その人はどんな時でも私を信じてくれていたのに、過去の私は簡単に裏切ってた。過ちがバレた時に謝ろうとしたんだけど、その人は最後まで取り合ってくれなかった。きっと今まで信じてくれていた分、裏切られた時の衝撃は半端なかったはず。早く謝りたいのに……」
真っ赤に充血している瞳からは、すっかり枯れ果てたと思っていたはずの涙が再び滲み出てきた。
膝に置いてる震える拳にはポタポタと熱い涙が滴っている。
そして、頭の中には冷たい目で睨んでいる拓真が鮮明に思い描かれていた。
あの目を見たら、人生がこの瞬間に終わると思うくらい苦しかった。
でも、自分がそう思ってる以上に拓真は苦しかったはず。
今はきっと二人で笑い合っていた笑顔ですら疑い始めてるに違いない。
和葉は肩を揺らせてすすり泣いていると、父親はベッドに置いてあるティッシュを二枚取り出して、涙でビショビショに濡れている和葉の頬を拭いた。
「人間はね、傷を負うとまず最初に身体の防御機能が働く。次に傷口を塞ぐ為にかさぶたを作る。しかし、かさぶたが出来てから治癒するまでの間は、非常に長い時間がかかるんだ」
「……それは、心の傷も同じ?」
「そう。いま相手はかさぶたを作ってる段階じゃないかな。傷を負った時は、驚いたりショックを受けて怪我に気を取られがちで心に余裕がなくなってしまう。和葉ちゃんが相手に話を聞いてもらえないという事は、ひょっとしたら今はその段階じゃないかな」
「うん、そうかもしれない」
確かに信じていた人に裏切られたという衝撃が大きかっただけに、防御機能が働いていたのかもしれない。
「和葉ちゃんの大切な人はロボットじゃないでしょ」
「やだなぁ……、普通に人間だけど」
「それなら大丈夫。傷口が塞がる日は必ず来る。傷跡が残るかどうかはアフターケアにかかってくるだろう。それに、人間には生まれつき感情という素晴らしい機能を持っているよ」
「感情……」
「そう、科学者達が知恵を持ち合わせて人間の再現ロボットを作り上げたとしても、感情という繊細な機能を与える事は出来ない。感情とは生誕を受けた時の神様からの贈り物なんだよ。人間は感情があるからこそ絆が生まれる。そして、絆が生まれるからこそ寛大な心が生まれる。
もし、そこに築き上げてきた何かがあるなら、少しずつ誠意を尽くしていけばいい。相手も人間だから、きっといつか誠意は伝わる。これから前向きに頑張っていけばいいじゃないか。重ねてきた努力は無駄にならないよ」
「誠意を尽くす……か。私にも出来るかな」
「大丈夫。和葉ちゃんの気持ちはきっと相手に伝わる。だから、自信を持って頑張って」
和葉は拓真を思い描きながら未来の自分を想像した。
まるで自分の事のように話を聞いてくれた父親から初めてアドバイスを受け取ると、心強さが伝わった。



