ーー深夜0時40分。
街灯が点々として静寂に包まれている田舎道。
蛇行して歩いている和葉は、ある一軒家の前に到着すると、力任せで扉をガタガタと揺らした後、頭上まで上げた拳を勢いよく叩きつけた。



ドンドンドン…… ドンドンドン……


「開けろおぉおぉお……。今すぐに玄関の鍵を開けろおぉおぉぉ……」



腹の底から湧き出るような低い唸り声を上げると、何度も何度も勢いよく拳を扉に叩きつけた。

普段は風や木々が擦れる程度しか聞こえない静かな住宅地は、一人の酔っ払いによって二軒先の家屋を灯すほどの迷惑を被っている。



人通りどころか車通りもほとんどない深夜帯に、畑に囲まれた一軒の家を襲撃している和葉に対して何事かと思った近所の住人は、窓からヒョイと迷惑そうな顔を覗かせている。

近所の犬もひどく警戒して、かん高い鳴き声を浴びせる。

普段空いているはずの玄関の鍵が閉まっている事に逆上して扉を叩いている姿は、まるで借金の取りに来たヤクザのよう。



すると、騒ぎに気付いた拓真は額に青筋を立てながら不機嫌な足取りで二階から階段を駆け下りると、スゥエット姿のまま玄関扉を勢いよく開けた。



ガラッ……

「……ったく、こんな時間に誰だよ! うるせーな!」



突然我が家に降りかかってきた迷惑行為に怒鳴り声を上げたが、扉の先の人物を見て言葉を失った。


そこには昼間学校で別れを告げたばかりの和葉が、スマホのバックライトをつけたままファーのジャケットに黒のミニワンピース姿でピンヒールを履いて振り子のように身体を左右させている。


顔に目を向けると、頬は赤く染まり、目は半開き状態で何処か遠くを見てるようで、酒の香りが漂ってくる。
その時点で酔っ払っているのは一目瞭然だった。



和葉は拓真と目が合うと、身体を揺らしたまま頼りない指先をゆっくり向けてニヤリと微笑む。



「あれぇ……、拓真だぁ。んふふ……うちで何してるのぉ〜? ひょっとして和葉の帰りを待っててくれたのぉ?」

「お前っ! ……何言ってんだよ。ここはお前んちじゃねぇし。しかも、こんな夜更けに訪ねてきてどうした?」



ヘラヘラと薄笑いを浮かべている和葉は、昼間に涙の別れをしたとは思えぬほど豹変している。
拓真は別れてから心配が止まなかったが、泥酔している姿を見た瞬間、心配事が一気に吹き飛んだ。

一方の和葉は、二度瞬きしても拓真が目の前から消えない事から夢ではないと知る。



あれ……。
どうして拓真がここに?

しかも、私に向かって『お前んちじゃない』って言ってるから、ひょっとしたらここは拓真んち?

んー……。
言われてみればそうかもしれない。
うちの目の前はこんな田舎臭くないし。


んふふ……、私ったら。
拓真の事を考え過ぎちゃったせいか。
毎週末、農作業で通い過ぎちゃったせいか。
失恋して普段より飲み過ぎちゃったせいか……。


どうやら帰る家を間違っちゃったみたい。