栞はハイソックスをスッと上げてソファに腰を落ち着かせると、硬く結んだ唇の口角を上げて首を横に振った。
「もう大丈夫です。一年経ったし傷跡は見慣れましたから」
「でも、一生残るんでしょ? 拓真のお婆さんから聞いたの」
「はい……。でも、ナーバスに考えていません。この傷跡は努力の勲章ですから」
「えっ、努力の勲章?」
「この怪我があったからこそ、拓真は変わりました。あの事故がなければ、今はどうなってたかわかりません。元の拓真に戻ってくれて良かったと思っていますから」
「でも……」
「こんな傷跡なんて大した事ないです。これが私の人生ですから」
いつものように淡々と語る栞は、想像以上に芯のある強さを見せた。
もし怪我をしたのが栞じゃなくて、私だったら……。
身体に一生の傷跡が刻まれても、拓真の為だから仕方ないって割り切れるのかな。
好きだったら許せちゃうのかな。
私は栞のような経験をしてないから、わかんないよ。
和葉は実際傷跡が目に焼き付いたら、拓真が抱えているトラウマの深さに気付かされた。
拓真が栞に優しくしていたのは、ただ好きだっただけじゃなくて、大怪我を負わせてしまった責任や罪悪感もあるはず。
直接栞から話を聞いたり、実際この目で傷跡を確認したら、それが推測から確信へと変わった。
すると、和葉は白菜の収穫時に怪我を負って病院に行った時に、拓真が診察後に待合室で言っていたあの時のセリフを思い出した。
『お前に何かあったら、俺……』
自分の不注意で怪我をしたにも拘らず、拓真は異常なほど心配をしていた。
その理由が今ようやくわかったよ……。
悔しいくらいに。
残念な事に。
栞の怪我は、拓真にとって乗り越えられないほど辛いトラウマかもしれない。
もう、取り返しがつかないほどに……。
それなのに、私は拓真の気も知れずそのまま敦士のライブに行った。
だから翌日、拓真が教室を訪問するくらい怪我の様子を心配したり、あの後ライブに行った事を快く思ってなかったんだよね。
今になってようやく気持ちがわかったよ。
和葉は清算される事のない過去を背負い続けている拓真を想うと、胸が一杯になって肩を震わせながらすすり泣いた。
栞は涙で頬を濡らす和葉を目の当たりにすると、次にどう口を開いたらいいかわからない。
沈黙はしばらく続いた。
同じ時間帯に来店していた客は、もう片手で数えられるほどしかいない。
トレーを持って二階へ上がって来る客は、進み行く時間と共に年齢層が上がり、ドリンクカップに入っているコーラは炭酸が抜けていた。
重くるしい話をしている二人を他所に、来店客はテーブル横の狭い通路を騒々しく行き交っている。
和葉の荒く乱れていた呼吸が整った頃、栞は軽く顔を覗き込んだ。
「和葉さん、もう大丈夫ですか?」
「あ……、うん。大事な話をしていたのに、話を中断させちゃってごめんね」
「いいえ。次は私が質問をする番ですが、聞いてもいいですか?」
「うん、いいよ……」
大事な話があったのは、栞も同じ。
きっと、朝から話をするつもりだった。
じゃなければ、帰り間際に呼び止めたりしない。
和葉は目尻の涙をミニタオルで拭いながらも、不安で胸をドキドキさせていた。
先ほど栞が誠意を持って伝えてくれたように、自分も誠意を持って対処したい。



