今日は七回目の農作業の日。
もうかれこれ一ヶ月半ほど毎週拓真の自宅に通っている。
電車通勤にも慣れた。
最近は玄関から漂う香りが安心するようになって、第二の自宅にいるような感覚に。
着替えを終えてから畑に出ると、畑に面して肩を並べた拓真から本日の指示が出された。
「今日はジャガイモの収穫をしよう」
あんなに楽しみにしてたデートが、凡ミスによって白菜の収穫作業と入れ替わってしまい、既に農作業をする意味がなくなってしまった。
しかし、目覚ましを朝6時にセットして7時には電車に乗り込んで、拓真の家に向かっている自分がいる。
残念な事に、農作業が生活の一部として定着してしまったようだ。
畑が気になっている時点で完全にアウト。
否定したいところだけど、指示一つで倉庫から収穫用のケースを取り出している。
でも、二人きりで会えるだけで十分幸せ。
ところが、雨風を含む心の嵐は何の前触れもなく幸せな日常を奪う準備を始めていた。
午前中の収穫作業を終えて、いつものようにお昼ご飯を食べ終えて三人で談笑していると、インターフォンが鳴った。
拓真の家に来るたびにインターフォンを鳴らしているけど、聞き取る側は初めて。
「ちょっと行ってくるわね」
お婆さんは腰に手を当てながら立って直接玄関へ向かった。
しかし、玄関扉の引き戸を開けるとそこには……。
「こんにちは。お久しぶりです、お婆さん」
約一年前にこの街を離れて行った、拓真の初恋相手の栞が立っていた。
「あら……、栞ちゃん。久しぶりね」
「ご無沙汰してます。お元気でしたか?」
「えぇ、栞ちゃんも元気そうね」
『栞』という名前に反応した拓真は、血相を変えてバタバタと玄関に走って行き、和葉も背中を追った。
つい先日お婆さんの口から挙がった名前にいい記憶はない。
和葉は狭い玄関に立ち止まって壁になった拓真の横へ。
拓真は約一年ぶりの栞の姿に声を詰まらせた。
「栞……」
ーーそう、目の前に立ってるのは栞。
バイクの接触事故で身体に傷跡が刻まれてしまった、拓真の幼馴染で好きだった人。
栞は髪が腰近くまで長くて、奥二重で唇が薄くナチュラルメイク。
服装は、紺色のシンプルなカーディガンに、白いフリルのシャツに、膝下までの長さのライトグレーのフレアスカートを履いている。
拓真が好みと言っていた清楚系だ。
栞を見た瞬間、拓真の好みの基準が栞だったと知る。
拓真と良好な関係を築いている今の自分には不都合な人。
「私、ずっと拓真に会いたくて……」
栞は久しぶりの再会に感極まって、瞳に涙をうっすらと浮かべた。
ーーそれは、山田さんのアドバイス通り、拓真との恋心をより大きく育んでいこうと思っていた矢先の出来事だった。
栞が現れただけでも衝撃を受けたのに、拓真の耳を塞ぎたくなるようなひと言が瞬く間に伝えられた。
一方の拓真は、まるで魂を抜かれてしまったかのような表情で見つめている。
きっと今は、良い記憶と悪い記憶が両極端にフラッシュバックしているだろう。
最近拓真と心の距離が近付いてきて、幸せボケをしていたせいか油断していた。
まさか栞が戻って来るなんて思いもしなかった。
引っ越した時点で二人の関係は切れてしまったと思い込んでいたから。
私は彼女の出現と共に、地獄の切符を手にする事に……。



