自宅に到着すると、父親は玄関に上がる和葉の異変に気付いた。
「おかえり。……あれ、顔色が冴えないみたいだけど学校で何かあったの?」
「え……?」
「今朝は元気よく出て行ったのに、今は心の天気が大雨みたいだ」
「……そうかな」
「少し話をしよう。部屋で着替えたらキッチンに降りて来なさい」
父親は声のトーンが一段階下がったままそう言い、キッチンへ向かった。
玄関に残された和葉はするどい指摘に少し驚かされた。
部屋の奥へと進み行く背中は心配色が滲み出ている。
和葉は着替えを終えダイニングに降りて椅子に着席すると、目の前に一杯の味噌汁が置かれた。
「これ……」
すっかり話すつもりで来たが、無言で差し出された味噌汁を見て本調子が狂わされる。
一方の父親は、焦る気持ちを心の中に留めて、テーブルに肘杖を立てて両指を絡まながら言った。
「今日は何かあったんだよね。まずは、味噌汁を飲んで落ち着きなさい」
「どうしてそう思ったの?」
「和葉ちゃんの顔を朝晩見てるからわかるんだよ」
湯気が立っている豆腐とネギのお味噌汁は、落胆している気持ちを落ち着かせる為の配慮だ。
母親と二人暮らしだった時には想像もつかないような家族としての温かみに触れると、嬉しくて胸が熱くなった。
和葉はお椀に両手を添えて味噌汁を一口飲む。
今日もいつも通り、鰹だしと昆布だしが効いていて、味噌の香りが身体中に沁み渡る。
ここ最近、味噌汁の香りが父親の香りと言っても過言ではないほど安心する香りになっていた。
「何があったか話してくれないかな。……でも、話したくなければ話さなくてもいい」
出来立ての温かい味噌汁とおじさんの優しさに、ホッと安心して涙が一粒こぼれ落ちた。
でも、ストーカー被害に遭った事を口にしたら、心配や迷惑をかけてしまうのではないかと思って言えなかった。
申し訳なさと情け無さのあまりに自然と頭が下がる。
「心配かけてごめんなさい。……でも、言えない」
「話しにくいならいいんだ。私に言えないような事ならお母さんに伝えた方がいいだろう。その方が気持ちが楽になる。今から寝室に行ってお母さんを呼んで来るから」
涙に心が刺激された父親は、そう言ってダイニング椅子を立った。
しかし、和葉はひっくり返りそうな声ですかさず言った。
「おじさんお願い! お母さんを呼ばないで」
「えっ」
「だって、お母さんは和葉に無関心だから」
「……どうしてそう思うの?」
「和葉は愛されてないから。だから、こうやって愛の無い子に育ってるの」
母親とは家族だから一応会話は交わす。
最近は頭痛が酷いようで、家にいる日は寝室から出て来ないからほとんど喋っていない。



