「次回から朝9時でいいよ」
「約束の時間を遅くしたら拓真に会える時間が少なくなっちゃう」
「1時間なんて大して変わんねぇよ。もし、約束を破って8時に来ても家に入れてやらないからな」
「は〜い」
「じゃ、またな」
拓真が持ってくれていた荷物を受け取ると、上り行きの電車の階段に向かって行く後ろ姿を見送った。
静かに見送る視界から帰りの途に着く拓真の背中が段々小さくなっていく。
もう少し一緒に居たいと欲張る気持ちもあるけど、明日になればまた二人だけの時間が訪れる。
拓真はまだ私に気がない。
目を見ればわかる。
自分だけが恋の沼にハマっていく。
さっきまで乗っていた長距離列車のように、私達の恋路も長い。
だけど、拓真が振り返ってくれる事を願って無意識に頭の中で数字をカウントした。
もし振り返ってくれたとしたら、心の距離が少しでも近付いてるような気がするから。
1………2………3………
「気をつけて帰れよ」
カウントしていた3秒目に、彼は踊り場に佇んでいる私へと振り返った。
まさか、本当に振り返ってくれると思わなかったから、予想外の事態に胸がドキンと鳴った。
「あっ、うん! 拓真こそ気をつけて帰ってね」
それが嬉しくてバカみたいに返事が弾んだ。
返事はくれなかったけど、上り階段に顔を向ける際に口元に笑みを浮かべていたような気がした。
二人の距離感は確実に縮まっている。
そう思っただけで、小さな達成感に涙がジワリとこみ上げてきた。
拓真は気付いてないと思うけど、姿が見えなくなるまで小さくバイバイと手を振った。



