和葉は引き続き地面に足を突っ張らせながら、男から身体を押し離して必死に抵抗する。
「ジジィ、離せよ。嫌だっつってんの!」
「あんたが俺を無視し続けるから迎えに来てやったんだ。今は勤務中じゃないからゆっくり遊べるだろ」
「勘違いしないで。こっちはジジィと遊びたいだなんてひとことも言ってない」
「無駄に騒ぎ立てるな。おとなしくしてな」
男はブラウンのサングラスの下からギロリと睨み上げてドスの効いた低い声を浴びせると、再び和葉の腕を再び引いて15センチ手前まで顔を近づける。
その瞬間、男の身体と口臭からは煙草の香りが散らばった。
和葉は恐怖で手立てが見付からなくなると、まるで金縛りに遭ってしまったかのように身動きがとれなくなる。
私、これから何処に連れて行かれるのかな。
まさか、男の家じゃないよね。
もし、最後まで嫌だと拒絶していたら、どうなるんだろう。
さすがに生き埋めになんてしないよね。
まさか、闇取引で人身売買とかされちゃったりして。
嫌だ。
地獄行きの人生なんて耐えられない。
もしかしたら、今まで散々男を使い捨てにしていたバチが当たったのかもしれない。
窮地に追い込まれている和葉は、手の施しようがない現実に怯え、ジワッと瞳に涙を浮かべた。
ーーすると、突然。
グイッ……
横から出現した別の人影と共に、ぴったりと密着していた男の身体は引き離された。
その衝撃で和葉の短い髪がフワリと靡く。
「えっ……」
一瞬、何が起こったかわからなかった。
しかし、怯えた目つきで人影の方に目を遣ると、そこには先ほど学校に忘れ物を取りに戻ったはずの拓真の姿が。
拓真は冷血な目で男を睨みつけて、男の身体が浮き上がるほどの腕力で襟元を掴み上げている。
「拓……真…………」
和葉は物応じせず男に立ち向かった拓真が視界に飛び込むと、ハッと目を見開かせた。
嘘……。
さっき、学校に忘れ物を取りに行ったんじゃ……。
私の元を離れてからまだ3分も経ってないし、学校へ往復して来るには時間的にも早すぎる。
一体、どうして……。
「ねぇ、お兄さん。彼女嫌がってるけど、何してんの?」
「あぁっ?! お前には関係ねぇよ」
「あれれ〜? 勘違いしちゃった! 顔をよく見たら、お兄さんじゃなくておじさんだったわ」
拓真の挑発的な言動に、男は有頂天だった気分が害される。
それにより、二人の攻防戦が始まった。
「いきなり何するんだ、このクソガキ! この俺様がおじさんだと? 襟元を掴んでいる生意気な手を離してとっとと失せな」
それまで散々醜態をさらし続けた男は、湯気が吹き出しそうなほどのお冠状態に。
闘争心むき出しの緊迫した雰囲気に、和葉は背筋が震え上がった。
拓真は何かに取り憑かれてしまったような殺伐的な目で男を見下ろす。
その瞳の奥は、ドライアイスのように冷たくて。
目を逸らせなくなるほど吸着力があって。
催眠術師に強い暗示をかけられてるような。
目で人を殺せそうな勢いがあって。
毎日隣で過ごす私でさえ、凍てつくほどの強い威圧感を覚えた。
これが、元暴走族の本来の姿なのかもしれない。



