「美波はさー」

「美波って……呼び捨てですか?」

「いいだろ、さっきも呼んだし。美波も敬語じゃなくていいからさ」


ニカッと笑われて、拍子抜けしてしまう。
人懐っこい人だと思った。


屈託のない笑顔と、毒気のない話し方で、人を寄せつけやすい。
そんな風に感じた。


二重瞼の瞳と、意志の強そうな眉。
女子に囲まれていたところを見たことがあるけれど、綺麗な顔立ちを間近で見れば納得したような気持ちになった。
黒かった髪は金色になっているのに、それもよく似合っている。


「で、美波はさ……もう泳げないの?」

「っ……」


いきなり傷口をえぐられるような問いに、胸の奥がひどく痛む。
ただ、未恵に無邪気に話しかけられた時のような感情は芽生えなかった。


だから、一瞬だけためらいながらも口を開いていた。


「泳げません……」


私はインターハイから程なく、事故で左足のアキレス腱を断裂した。
練習のあと、さらに自主練をした帰りのこと。


自宅の最寄り駅に着いて階段を下りる時、対面から走ってきた人とぶつかって階段から転げ落ちた。
その際、真っ先に左足を地面に着いてしまったのだ。


激痛が走って只事じゃないと思った時には、その場に倒れ込んでいた。
救急搬送された病院に母が駆けつけてくれ、母とふたりで医師から聞かされたのはアキレス腱断裂という診断だった。