「話、聞く?」


決して強引ではなく、どこか私の心を慮るような言い方に聞こえた。
一瞬ためらいながらも、首を小さく横に振る。


輝先輩は苦笑したあとで、真剣な眼差しを寄越した。


「でもたぶん、俺には美波の気持ちがわかると思うよ」


確信めいた言い方だった。
そして、その理由はすぐにわかった。


夏川輝――私より一学年先輩の彼は、中学時代から将来を期待されていた陸上選手だった。
うちの学校には私と同じでスポーツ推薦入学し、短距離走者だったはずだ。


一年生の時に、インターハイで優勝したと聞いたことがある。
それが過去形なのは、輝先輩はもう選手として走っていないから。


右膝を傷めて選手生命を絶たれた……という噂だった。
それが本当なら、彼は私と同じような状況の中にいるのかもしれない。


「でも、別に無理強いはしない。聞いてほしくても言えないことはあるし、聞いてほしいタイミングが今じゃないってこともあるだろ」


きっと、しつこくされていたらこの場から逃げていた。
だけど、輝先輩はあくまで私に判断を委ねてくれた。
 

それ以外にも、昨日すでに泣いているところを見られていたとか、彼はもしかしたら私と同じなのかもしれない……とか。
色々な気持ちや事情が重なったのもあったとは思う。


私は、静かに輝先輩の隣に腰を下ろした。