月下の逢瀬

温かな手が、背中を優しく撫でる。
ゆっくりと、何度も。

時折、あたしの髪を梳き、ぽんぽんと背を叩く。


先生の胸の中は、ほのかにタバコの香りがした。
最初は恐怖しか感じなかったこの香りが、今はそんなに嫌じゃない。

寄せた頬に、感じる鼓動。
さっきまで早鐘のように打っていたのに、今はとくとくと緩やかになっていて。


先生はまるで、全身であたしを包んでくれているみたいだ。



「大丈夫だよ、椎名」


呪文のような繰り返し。
乱れ、波立った感情が静まってゆく。


そして。
どのくらいの時間が経った頃だったのか。
そっと、先生の顔を見上げた。


「少しは、落ち着いたか?」


見下ろす顔は、あたしを心配してか、辛そうに歪んでいた。
だけどその優しい眼差しを見て、新しい涙が湧いた。


今までの涙とは、別の。



あたしは、何でもっと早く、先生と出会えなかったんだろう。
そしたら、こんな想いに苦しまなかったのかもしれない。
こんな風に、罪の涙を流さなくてすんだのかもしれない。



けれど。
それでもまだ、心が理玖を求めていることが辛かった。