あらゆる恐ろしい可能性



「ああ、和田か…。すまんな、まだ学校か?」

「おう、丸島…。ちょうど家に着いたとこだ。大丈夫だよ」

「実はさ…」

彼は”そのまま”を伝えた。
ひと通り…。

「…丸島、まずしっかりと確認するぞ。アンタさ、その物理室での鬼島との会話…、本当に今まで忘れていたのか?」

「ああ…。何しろ30年近く前の一就職活動中の生徒との会話だ。いちいち覚えてなかったさ。少なくとも、あの同窓会の時に彼から”それ”を指摘されて、間違いなく今日まで”その場面”は頭に浮かばなかったんだ」

「いいか…、オレはアンタの側ではある。同じ高校教師という立場で…。だが、どうなんだ?同窓会ん時は突然だったから、まあ今言った通りだったろうが、その後はどうなんだ?漠然とでも彼の言い分にさ、断片的にでもだよ、その後もずっと”心覚え”が巡ってこなかったのか?」

「和田…、それはないとしか言えないさ。だが、彼にそう思わせるニュアンスの話し方をしてしまったことは、もしかしたらって…。その程度は頭のどこかにはそりゃあよう‥」

「…」

和田はこの言葉で、概ね丸島の言い分を”理解”はした。
だが、”念押し”はすることにした。


***


「オレだってその辺の”専門”じゃあないからやたらには言えないが、記憶にないではなくて、都合の悪い記憶へは無意識にしろ、蓋をしてたってことはどうなんだ?ふと思いだしそうになると、必死にそれを追い払うって心理作用だ」

「そんなの、イエス・ノーで言えないだろうが…」

「なら、土曜日の日、急に脳裏に浮かんだ鬼島への言葉で、その時の記憶は自分の勘違いだったと認められるか?」

「いや、確かにリアルではあったし、あの声と二人の姿は間違いないが、あんな昔の自分の一言一句まで”まるごと”ってのには断言できないよ。そうなりゃ、勘違いでしたとは言えないだろ」

「俺達だけなら公務員同士だからそれで成立するが、教師の立場で当時未成年の、我々が育成すべき生徒との”大事”な会話だぞ。交通事故じゃないが、強者弱者からしたら弱者はあっちだ。…今からでも折れたらどうだ?」

「今さらかよ!白日夢だかフラッシュバックだかがいきなりで、やっぱりこっちの勘違いだったなんて…」

「丸島…、はっきり言わせてもらうぞ。ああいった現象を見ること自体、自らが求めたことでないとして、それじゃあってなったら、向こう側からの働きかけってことも排除できねえだろ。百歩譲っても不思議な現象には違いないんだから。おまけに数日後にはその手紙だ…」

「おいおい…、そんなら、お前…!」

「向こうは”逆恨み”に沿っての”実行”を2年半前に宣言してんだ。それを受けたこっちの返信のあとは、2年半音沙汰なしなんだろう?」

「ああ、そうなる…」

「であれば、ここにきてのことを客観的にみりゃあ、鬼島の感情は丸島を許していない…、いや、むしろ、あの返信で彼の恨みを大きくしてしまったって可能性は大だろうが?…あの内容証明はオレが提案したものだし、その後の音なしでさした心配はしていなかったが、こうとなっればこっちも責任があるしな…。とにかく、匿名で彼の家に電話して”生存確認”だよ」

「!!!」


***


「アンタができないんなら、オレがすっとぼけでやってもいいが…」

「それで、仮に鬼島がこの世にいなかったかったら…」

「”あらゆる可能性”が排除できない…。そうなるだろうが」

「…」

結局、”生存確認”は和田が行うこととなった。

「済ませたらすぐに連絡する。ケータイには出られるようにしておいてくれ。それとその間に、今日届いたその手紙、表裏をスマホで撮って画像データ送ってくれ。ああ、以前に受け取った手紙の表裏もな。こっちも筆跡とか確かめておきいから…」

「了解した…。すぐ送る。先方へは済まんが、よろしく頼む」

この時の丸島は、まるで神にすがるような思いだった。