その1


”…ここは、どこ?”

三浦美咲の視界は、濃い霧の中、異様にくびれた柳らしき一本の大木が倒れ、地面にめり込んでいる光景を捉えていた。

”昼なの?それとも夜なの?ぼんやりと暗いけど光もどんより射してるような…、変な色合いだよ、ココ…”

そして、ソコに”音”はなかった。

彼女は、”それ”から何メートルだか何十メートルだかはさっぱり見当がつかないが、ある程度は離れた場所に立っているはずのに、なぜか目の前の光景として見えていた。
それは、倒れた柳の大木のすぐ間近かにいる距離感だったのだ。

それを彼女は、ただじっと眺めている…、そんな自分を意識している…、ということだった。
正確に言えば、意識している自分の目に写るのは、柳の木がめりこんだ地面をのぞき込んでいる自分だった…。


***


”ううん‥、それは見せられている…、目を向けさせられているようだわ…”

美咲の感覚では、そんな形容がしっくりした。

”なによ、あれ…?倒れた木がめり込んでる地面、もこもこ動いているわ!”

”それ”を、彼女はほぼ真上から見おろしていた…。
果たしてどのくらいの時間、こうしていたのだろう…。

かくて、ある瞬間…。
もこもこと盛り上がる掘り起こされた土の中からは、”あるモノ”が飛び出ると、ソレは美咲の首めがけてビューンと伸びてきた。

”きゃ~~!人間の手だー!いやーー!!”


***


無情かな…、その特大級とも言える絶叫音も、ここの空間では反応を与えてくれない。
そして…。

美咲の首元を、伸びた両手が捉えようとした瞬間、彼女の姿はすっと消した。
まるで瞬間移動または蒸発したようにだった…。

その一部始終を、離れた場所で目に刻む自分を意識する自分は、”ギャーー!!”という無音の絶叫を上げていた。
しかしその最中も、ココはただ、静寂と静止がのっぺりと続くだけであった…。


***


「わー!」

”夢…?あの夢だわ!ちょっと転寝してただけなのに…。どうしよう…、あのヘンな柳の木の夢、これで2回目だわ…。和田先生の話しだと、あと1回見たら今度は呪いをかけられる…”

この日、美咲は部活で疲れたせいか、家に着いた後、部屋で机に座ったまま、つい転寝をしてしまったようだ。

彼女が時計を確認すると、その間はホント数分間だったが…。

”早く手島先生に連絡しなきゃ!”

既にあぶら汗でべっとりとなった手で、美咲はスマホを握り、手島のケータイ番号に発信した…。