その1



「…お母さん、今日は突然押しかけたにもかかわらず、ご丁寧にお話しいただいて本当に感謝しています。この封筒は確かにお預かりします」

「こちらこそ、肩の荷が下りた思いです。ひとつ、それで、罪深いあの子を頼みます…」

母親は最後、ハンカチで涙を拭いながら、道路前まで出て何度も何度も二人に頭を下げている。

奈緒子もやや瞳を潤ませて、彼女の肩に手を当てながら、無言で何かを語りかけていた。
それは励ましやらいたわりやら、いろんな思いを盛んに…。

鬼島の母は、二人を乗せた車が見えなくなるまで見送った…。


***


車を走らせて間もなく…。
気が付くと、フロントガラスには、夜の雨粒が光っていた。

「雨か…」

「そうみたいですね。でも、本降りにはならないですよ」

「そうかな。それなら、今日のうちに行ってくる」

「私も行きます…」

「奈緒子さんはリカちゃんが待ってるだろう。T駅まで送るから、今日はもう帰った方がいいよ。遅くなるし」

「今日は主人が休みで家にいるんです。遅くなるからと言ってきてますし。…これからアライブですよね?その封筒と今日の二人から聞いた話を鷹山さんらがどう解釈するのか、私もその場に立ち合います。鷹山さんたちにも是非、今日ご挨拶もしたいので」

「まあ、今日で局面は大きく変わるだろう。さっきライン入れたら、国上さんもアライブに向かってるらしいし。じゃあ、このまま向かうよ」

結局、和田は奈緒子を同乗させたまま、アライブに急いだ。


***


「奈緒子さん…、この白封筒は我々への挑戦状だよ。鬼島は”すべて”読み込んでいたんだ。自分が自刃自殺して例の手紙で呪いを拡散した後、その呪いの連鎖を断ち切るため、自宅を探り当ててくる人間が来ることを…。俺達を待っていたともいえるな」

「じゃあ、その中身はどんな?」

「すぐにでも開けて中を確かめたいが…。まずは鷹山さんたちに見てもらおう。計算高い鬼島の残したものだ、何か仕掛けがあるのかもしれないし…」

車中、二人の頭の中は、鬼島の母親のことで占領されていた。
だが、どちらからも口には出さなかった。
いや、出せなかったのだろう

何しろ、あの母親がああいった対応で、息子である則人との深いところまで彼女の口から出るとは予想だにしていなかったのだ。

ましてや、彼がかなり低年齢の時点から負のエネルギーを駆使し、人を傷つけたり不幸に陥れ、断定できないにしてもかなりの確率で人の命までも奪っているという推測に面と向かっていた…。
それは二人にとって、ショッキング極まりないものがあっただろう。