娘がやってくる



翌日の日曜日は、あいにく小雨がぱらついていた。

丸島は現在、妻と二人で暮らしている。
休日でも二人はいつも通り、7時ちょうどには朝食を共にしていた。

「そうか…。奈緒子、リカと一緒に来るのか…」

「ええ‥。直人さん、明日から北海道に1週間出張だっていうから、送りだしたらリカを連れて金曜日までウチに泊まるって。奈緒子はここから通うそうよ」

「ああ、今の学校はむしろこっちの方が近いからな。なら、俺の学校とは方向が同じだし、時間を合わせて奈緒子と一緒に登校するか…(苦笑…」

「まあ…!でも、あの子が何て言うかしらねえ…(笑)」

「はは…、もう奈緒子も結婚して一時の母だ。特段、嫌がりはしないだろう。そりゃあ、昔から父親には懐いてくれない子だったけど。こうして俺と同じ教鞭を執る仕事を選んだんだ。まあ、登校中は教師談義でもしながらさ…」

妻のアカリはニコニコ笑いながらお茶をすすっていた。


***


「…そう言えば、奈緒子の学校には、和田さんの教え子も物理の授業を教えてるのよね?」

「うん。確か手島君とかって言ったかな。まだ教員になって2年かそこららしいんだが、登山が好きで、今度一緒にどこか登りに行こうって話してたんだ」

「じゃあ、その方が奈緒子との共通の話題にはなるじゃない。よかったわね(こぼれ笑)」

何しろ丸島の娘である奈緒子は、幼いころから父親には懐かず、高校生の頃は必要なこと以外は口を利かないくらいで、どこか避けるようなところがあった。

丸島は一貫して、家でも自分が教育者だということを常に意識し、家族に対してはやたら体裁を要求するきらいがあった。
要は教育者の妻・娘となれば、人様からは敬われるような素行を日ごろから心がけるべし…、云々と、世間体をいつも気にしていたのだ。


***


そんな教師のプライドというよりもミエに強くこだわる父親を、奈緒子は正直、ずっと嫌っていた。
彼女の目からは、父親としての丸島はあくまで"教育者"に映り、暖かい愛情を感じ取ることができなかったのだろう。

その感情は、成人しても根強く奈緒子の心の中に居座り続けていた。
だが、奇しくも彼女は、そんな父親と同じ高校教師の道に進んだ。

これは、奈緒子の”ある思い”にからによる選択で、決して教育者だった父を継ぐとか影響を受けてとかという動機からではなかったのだ。

さすがに結婚して子供が生まれ、孫と接する父親を目にすると、そんな彼女も、ようやく父と打ち解ける気持ちが芽生えてきた。
そんな経緯を一番身近でから長く見守ってきたアカリは、この時期になると、二人の間をどこか好奇心に近い感覚で見ていたようだ。


***


その晩、丸島は再び前日のような夢を見ることがなく、ぐっすりと眠ることができた。

朝も、今日から娘と孫がやってくるということで、どこか胸が踊るような気分だった。

「奈緒子はいったん保育園にリカを預けてから、学校に行くんだったな?」

「ええ。それで昼休みにリカを保育園からウチに連れて、そのまま学校に戻るって。まあ、帰りはあなたと同じくらいかしら」

「うん…。まあ、今日は用が済んだらそのまま帰ってくるよ。リカには早く会いたいしな。ハハハ…」

そう言って、丸島はご機嫌な表情で家を出た。
だが…、この日、再び”手紙”が届くことになろうとは、彼は想像だにしていなかっただろう…。