不思議な夢



机の上に佇む白い封筒の束をじっと見つめながら、丸島は頭の中を整理した…。

”まず、居酒屋でのフラッシュバックだか何だかは、おそらく30年近く前の鬼島とのやりとりそのままだろう。だが、なんでさっきいきなり思い出したんだ。あれが本当なら、彼の言った通りになる…”

ここで丸島の両腕にはどっと鳥肌が立ち、額からは脂汗が溢れ湧いてきた。

”しかし、長い年月が経っててあそこまで細かく一言一句、正確に覚えてるはずないんだ。だから、今さらオレが話した中身を正確に思いだすことなんか土台無理なんだよ!なのになんで‥”

この時の彼の正直な心の中身は、誠に単純明快だった。

”なんで思い出しちまったんだよ!”という、誰に向けてかが今ひとつ定かではない訴えだった。
それも極めて沈痛な…。

”和田にはこのことを話しておいた方がいいだろうが…。でもあいつ、何て言ってくるか…”

丸島は大きくため息をついて、その晩はいつもより早めに寝床に入った。


***


”…どこだ、ここは?”

丸島の視界には、濃い霧の中、柳らしき一本の木が枝がのっぺりと風にそよがれている風景が写っていた。

”うすら暗い感じではあるけど、一体、昼なのか夜なのか…。不思議な光沢感だ…”

そして、その場に”音”はなかった。

彼は”それ”を何メートルだか何十メートルだか、さっぱり定かでない離れた場所から、ただじっと眺めているだけだった。
いや‥、それは見せられている…、目を向けさせられている…。
そんな形容を彼自身、無意識に受け入れていたようだ。

”うん…?木の根元あたりに、誰か人がいるみたいだ…”

その人影らしきものは、どうやら柳の木の前にしゃがみこんで、何か両手で作業をしているような感じではあった。
だが…、何分視界が悪く、それが男なのか女なのか、大人か子供かも判別はつかなかった…。


***


果たしてどのくらいの時間、こうしていたのか…。
気が付くと、空は真っ黒になっていた。

すると…、いきなり稲妻が閃光を放ち、柳の木を直撃した。
雷に打たれた大木は、根元近くからゆっくりと倒木したが、しゃがんでいる人影は全く動こうとしない。

”ああ、危ない…!”

丸島の声はここの空間では反応されない。
したがって、心の中で叫んだということになる。

彼は傍観者として”ここ”に導かれていたのだろうか。
ただ、”与えられた”光景を目にすることだけ…、つまり人影に歩み寄ることはできなかった。

地面に倒れ柳の木は、今度はそのまま地中にめり込んでいった。
その後、土煙が妙にゆったりと舞い上がる…。
と…、その時、丸島の立っている地面がそっくり音も立てず、彼ごと陥没した。
地中深く…。



***


「あーー!!」

丸島は大声をあげて、勢いよく半身を起こし、寝床から飛び上がった。

「あなた…、どうしたの?」

”はあ、はあ…、夢だったのか…”

彼は額にうっすらと汗をにじませ、肩で息を荒げていた。

「ああ、変な夢を見てた。…まだ2時か。ああ、すまん…、ちょっとトイレ行ってくるから、寝てくれ」

「はい、はい…」

半目を開け、隣の布団から首だけ出してこっちを向いている妻に、丸島はそう言っった後、部屋を出た。

”…変な夢だったな。どこか、普通の夢とはちがってた。あの柳の木…、どこかで見たことがあるような気もするが…”

様式の便器にしゃがんで大きなあくびを漏らしながら、丸島は心の中でそう呟いていた。