託されし者たちのカクゴ



丸島の通夜と本葬はしめやかに執り行われた。
当然ながら、その間妻のアカリは完全に放心状態で、本葬が済むとそのまま寝こんでしまった。

そして、丸島の葬儀を終えた後…、奈緒子は都内の公園で和田と会っていた。

「そうですか…、私が実家に戻った日に届いたその手紙が…。父に恨みを持ってた元教え子からの…」

「ええ。発端は6年前のH高の同級会で、鬼島から高校時代の就職相談を巡った丸島の発言の対応を言及されたことになるのですが…。その時の彼がとった対応が、すべての始まりだった…。今まではそう捉えていました。でも、違いますよ。奈緒子さん…、確かに丸島はあの場で、乃至はその後三度手紙を受け取った時点で、鬼島に訂正発言をすべきだったんでしょう。然るべき範囲で」

「…」

奈緒子はこの時、自分でも意外なほど平静だった。
じっと和田を目を見つめ、彼の話にはただ黙って耳を傾けていたのだ。


***


「…その後悔の念は、彼自身も最後の手紙を受け取る前後、自問自答して自己反省していましたよ。オレあての遺書にも、はっきりと自戒の念が綴られていたし。…そもそも、同窓会から三年目の手紙が届いた際に相談を受けたオレは、つい教職者の立場を優先し、彼に鬼島への対応や発言の訂正を進言しなかった」

「和田さん…」

「それどころか、彼に今までと同じ対応を告げる返答を内容証明で送るように勧めた。これが鬼島の行動を決定つけたことは否定しようもありません。言わば、お父さんをここまで追い込んだのはオレの責任なんだ。すまない、奈緒子さん…」

和田はベンチから立ち上がり、奈緒子に頭を下げて謝罪した。

「和田さん、頭なんか下げないでください。あなたには感謝してるんですから。お父さんだって…」

奈緒子は半腰になって、長身の和田が垂らしている顔を覗き込むように、そう言った。


***


「…お父さんからは、あなたのことをよろしくと、後を頼むと託されました。これは、彼が一身を投げ打ってでも阻止しようとした”百夜殺し”という狂気の呪いを根絶することも含めてだと思います」

「ええ。父が教師という立場を貫こうとした気負いからの、自己都合を優先した態度や対応が起因した、恐ろしい呪い…。その拡散を留めるために自ら命を断たざるを得なかった思いを汲んで、私はこれからを生きて行きます」

「よく言ってくれました。でも、彼の名誉のために、あなたには言わない訳にはいかない。…オレには思えてならないんです。鬼島則人がああいった、人を呪う悪魔の所業に取り憑かれたのは、言わば性根の本質の問題で、お父さんはそのきっかけに過ぎなかったと…。だから、たかだか逆恨みごときで人に自責の念を突きつけ、自殺へと追い込む呪いのねずみ講なんか、断じて許す訳にはいきません」

和田がそう毅然と言い放つと、奈緒子はゆっくりと、そして大きくうなずいた。
それは力強くもあった…。


***


「…それじゃあ、その水野さんという方が100夜を乗り越えたかを、和田さんと私に確かめてほしいと…、父はそう託したんですね?」

「ええ。オレは定期的に水野氏の生存確認をして、あなたに知らせます。仮に彼がある時点で自殺したとなれば、我々の出来得る手段を可能な限り手を尽くしましょう。高山さんと国上さんも全面協力してくれるそうですから。それで、水野氏の100夜突破が成されたら、オレと一緒に二人の目で確かめよう」

「はい!私も父が命と引き換えに繋いだ望みは、きっと叶えられると信じています」

「うん。そうなったら、鬼島のヤロウが撒いた汚濁のタネは潰せるんだ。そこで丸島の命と引き換えにした願いは成就されるんですよ。それを我々は期待しようじゃありませんか、奈緒子さん」

奈緒子は澄んだ笑みを浮かべ、和田もそれに笑顔で返し、亡き丸島からの願いを託された二人はそれを全うすることを誓い合った。

しかし、その後…。
奈緒子がどこかためらいがちに切り出すのだった。


***


「あのう…、ひとついいですか?」

”やはり来たか…”

和田はこう胸の内でつぶやいた。

「もし、もしですが…、その鬼島って人が父の他にも、開けずの手紙を送ってて、その百夜殺しってとんでもない呪いをかけていたとしたら…。父のかけられた呪いのサイクルは途絶えても、他のルートで拡散する可能性は高いっことですよね?」

「それは否定できない。奈緒子さん…、でもさ、まずは希望を持って行こうや。お父さんのように…。その上で、あんなふざけた呪いのサイクルを再びこの目にすることになれば、オレは知らんぷりなどしない」

「私もです!」

二人に迷いはなかった。
そしてこの時、ともにおなじことが頭に浮かんだ…。

”この戦いはライフワークになる…”と…。