神々しきカクゴ



”来た…!”

木曜日の夜…、なかなか寝付けなかった丸島は、スーッとウトウトして睡魔に吸いこまれた直後、凄まじい陰鬱な気配に襲われた。

丸島は天井を向いていた。
しかし、昨夜と同様、金縛り状態で目も閉じたままで開かない…。
だが…、もう一人の、妻アカリとリカを挟んで川の字で熟睡している丸島本人は真横から見えて言た。
不思議なことに、”彼ら”3人の顔も見えている。

そうであった。
昨夜と全く一緒の”設定”が出来上がっていたのだ。

だが、ここからは昨夜と全く違う展開となる…。


***


”なんなんだ!腰のあたりが持ち上げられているような気がする…。わあ…、だんだん、布団が腰辺りから真上に向かっていくぞ…”

仰向けの丸島は体をのけ反るような態勢でどんどん折り曲げられていく…。

”グギッ、グギッ…、グギギ…”

”冗談だろう!このままじゃあ、おれの体は背中を軸に真後ろでボキッと折りたたまれる…。ううっ…、苦しい…、息ができない!助けてくれー!”

”メキメキメキ…!”

”わー!骨が折れる‥。死ぬ!死ぬー、助けれくれー、”

どう考えても鉄板としか言えないせんべい布団は、いつの間にか、鋼鉄の鋭利な三角木馬と化し、丸島の背中を突き裂く寸前だった。

”ボキボキボキ…!グシャーッ!!”

”ぎえー!!肋骨がハラから飛び出た!死ぬ、絶対死ぬ…!!ううっ…、全身が痺れて意識が持たない…。もうだめだ…”

丸島は妻と孫娘と共にぐっすり眠っているもう一人の自分を横目に、意識の世界を失った…。


***


「おじいちゃん!おじいちゃん!起きてよー!」

「あなた、目を覚まして!」

「お父さん…!」

”3人の声だ…。オレを呼んでる…。オレは生きてるのか…!”

次の瞬間、言いようもなく重い両の瞼をやっとの思いで開けることができた視界に、妻と娘と孫娘が飛びこんできた…。

「お母さん、おばあちゃん…、おじいちゃんのお目々が開いたよ!」

「うん…。あなた…、大丈夫なのね?」

「アカリ…、オレは一体…」

「あなた、お布団から出て、廊下で寝てたのよ!」

「えっ?ううっ…、腰が痛い…」

丸島は上半身を起こし、周りを見回した。

”確かにここは居間の外だ!”

アカリが目を覚ますと、丸島はリカの隣にはおらず、彼は真上を向いて仰向けのまま、寝ていた居間の外に出て一階の廊下に寝ていたのだ。


***


”全身が痛い。腰もまっすぐに伸ばせん…”

「あなた、無理しないで学校お休みしたら…」

「そうよ、お父さん、無理しないで。ねっ!」

「いや、何があっても今日は学校へは行きたいんだ。這ってでも…」

「お父さん…」

結局、この日は奈緒子が車を運転して、丸島を勤務先の学校まで送って行った…。


***


「奈緒子…、すまなかったな。この時間じゃあ、そっちは遅刻だろ?」

「ちゃんと連絡してるから。それより、歩けるの?」

「ああ、何とかな。ふう‥、ううっ」

「大丈夫…?校舎まで肩貸そうか?」

「はは、一人で歩けるよ。奈緒子、ありがとうな。ああ、今日は家に帰るんだったな?」

「お父さんが帰るまでいるよ。心配だもん。帰りは無理しないでタクシー呼ぶんだよ」

丸島はニコニコしながら二度三度と頷いていた。


***


昼休み…、丸島は腰の痛みもだいぶ弱まったので、屋上にあがってみた。

”…ここは、オレの人生大半を捧げてきた戦場だ。信念を以って教鞭を振るった場だ。苦しいからこそ、ここに来ずにはいられない…”

言語に余る最初の壮絶な仕打ちを凌ぎ、彼の決意は揺るがなかった。

”こうなったら、決めたとおり行く…。後は和田と奈緒子…、重い荷物になるが、頼む…”

丸島はここから見る青い空が大好きだった。
腰に左手を当て、右の手で手すりを掴み体を支える彼の姿は痛々しい限りではあったが、突き抜けるような晴天を仰ぐ細い目は、どこか神々しさを放っていた…。