その1


”…ここはどこよ!”

三浦美咲の視界には、濃い霧の向こう側を捉えていた。
それは…、柳らしき一本の大きな木が倒れ、地面にめり込んでいる図がらだった。

”何よこれ!。すら暗い感じなのに、眩しくないどんよりとした光沢感…。一体、昼なのか夜なのかわからない。ううん、そっちでもないわ…”

そして、そこに”音”という反応は存在していなかった。

”でも、声…、人の声がするような気もする。オンナの人…?気のせい…?”

ここでの彼女は実質、二人だった。
視界と肉体らしき体を持つ者…、”その自分”を眺める視界のみの自分だった。

”その自分”は、何メートルだか何十メートルだか、さっぱり定かでない距離を経て、倒れた柳の木の根元に腰を下ろしていた…。


***


”やっぱり聞こえる…。誰?ここは音が提議を許されていない場所なのよ。無理よ…。聞こえる訳にはいかないわ、私…”

そこでの美咲はここでの場所を”知っていた”。
すでに通ってるところ…。
そんな認識を有していたのだろう。

だが、その幻聴らしき声は執拗に脳裏の鼓膜を振動し続けていた。

それは遠くから…、とても遠くからの、声…。
そんな感じだった。

一方、柳の木の下の自分は何やら作業に取りかかっている…。

”ダメ!それ、やっちゃダメ!!”

自分の中の自然に沸き立つ絶叫。
無論、音のない空間につき、立体感の響きはない。

だが、それは自分の中のかけがえのない意思と、この空間が瞬時産み落とす大河の流れに呑まれ続ける非力な意識…、その双方による壮絶な葛藤の産物だった。

どれくらいの時間尺が巡ったろうか…。
意思は無限大とも言える闇をただがむしゃらに突進して行ったようだった。
そして‥・。

”ミサキチャン…、ミサキチャン…”

葛藤の隙間は、ついに確実に…、その声を捉えようとしていた…。