キミと世界が青めくとき 【完】






ワクワクしながらその絵を見た時、正直拍子抜けした。



わたしのイメージでは、凄い画力を持った人なんだろうなって思っていたから。


だけど実際に見せてもらった絵は、とても上手とは言えない、かといって下手くそってわけでもない、平凡なものだった。むしろ美術部員にして下手なくらい。

もちろんわたしには絵の才能もないしセンスだってない。だから芸術のことを何もわかっていないわたしがこんな事を思うのは失礼なのかもしれないけど、本当に、本当ににその絵は普通だった。


わざわざベンチを持ってくるなんて変人だ。でもそれだけエネルギッシュで絵に対して情熱を持っているんだろう。


わたしの中の芸術家は変人で変なところでエネルギッシュというイメージがある。

その二つを満たしているはずなのに、この人はプロの様に上手くはなかった。



だけど、どうしてか「こんなもんか」って感想は出てこなかった。


上手くないとしても、笑えるほど下手でなかったとしても、椅子が硬いと休憩用にわざわざベンチを持ってきたその人が描いた海と船の絵は、力に満ち溢れていた。

青と白と、灰色くらいしか絵の具だって使っていないように見えるのに。


波の音が聞こえるほどリアルではない。

船が動き出しそうなほどダイナミックでもない。

本当の海だと思ってしまうほど繊細でもない。


それなのにきっとこの人は絵を描くことが好きなんだなって思える。

自然と口角が上がってしまうような、そんな絵だった。

理由もなく前向きになれるような。




「彼、今は専門学校で絵を学んでいるのよ。いつも楽しそうにしていたからきっと今も楽しく絵を描いているでしょうね」



隣に立つ先生も微笑みながらその絵を見ていた。



「好きなことがあるって素晴らしいことなのよ」

「⋯好きなこと、」

「今あればそれは良いことだし、今夢中になれるものがなくてもこの先それを見つけられればいい。とにかく、好きなことや物、人があれば世界は彩り豊かになるわ」



この言葉は、今でもよく覚えている。

好きなものを見つけてこんな風に表現出来るこの人が羨ましい。

だからわたしも感想ノートに書き込んでみようかなと勇気を持てた。


わたしが書き込む前のページの文字は大分掠れてしまっていていたし感想ノート自体、長い間棚から抜き出された形跡はなくホコリを被っていた。

誰にも見られることはないだろうと。

それでいい。自己満足でいいから、わたしが好きだと思える時間を書き綴るのも悪くないんじゃないかって思ったんだ。