「わたし、この感想ノートにくる返事を楽しみにしていたんです」
ノートをテーブルの上に戻し、ペラペラと捲るわたしに先輩の視線が戻ってくる。
その瞳は照れと動揺が混ざったもので。
「楽しみって⋯、」
「最初は自己満足で書いていたはずの感想に返事がきた時、戸惑いましたけどそれがいつしか救いみたいになっていて」
「救い?」
訝しげに首を傾げる先輩にわたしはクスリと笑ってしまった。
わたしはこんなにも感想ノートにくる返事を楽しみにしていたというのに、救われたというのに、本人はそれを全然わかっていないのだから。
だけどそういう所が先輩らしくもある。
先輩は自分の優しさに鈍感な所があるから。
「ずっと否定されてきた事を、初めて認めてもらえた様な気がしたんです」
「⋯っ」
「ノートに書かれる返事はとても少なくて、本を読んだ気配もないし、全然関係ない事が書かれている事もあったけれど、この人はわたしの書いた感想を読んでくれているんだって思ったら凄く嬉しくて」
「うん⋯」
「この人はわたしの好きなことを受け入れてくれている⋯って思えました。それにわたし、友達がいないから寂しさもあったのかもしれないですけど、こうしてやり取りする事が楽しかったんです」
「⋯っ」
「今日は返事来ているかな?って、ノートを開く度にドキドキしてました」
先輩の表情が段々と柔らかくなっていく。
そして嬉しそうに弧を描く唇に、感想ノートの彼が先輩で良かったと心から思った。
先輩で嬉しいと素直に思えた。
「嫌じゃなかった?感想に返事書くなんて引かない?」
「嬉しかったって言ってるじゃないですか」
「⋯ならいいんだけど」
「ところで、どうして先輩は返事をくれたんですか?」
気になっていた事を口にすると、再び先輩は心地悪そうに視線を下に逸らした。
「実は澄に話しかける前から澄が本を読んでるのを見たことがあって、」
「はい」
「だから、つまり、⋯さっき初めて会った時ってのは話しかけた日じゃなくてそれよりもっと前で⋯。澄と仲良くなりたいけどいきなり話しかける勇気もなかった時にたまたま澄がノートに感想わ書いてる事を知って⋯文字だけのやり取りでよかったんだよ、最初は」
「⋯」
「だけどやっぱ人間欲張りだから、話しかけたくなって⋯写真も撮りたいって⋯」
「あの日よりもっと前から先輩はわたしのことを知ってくれていたんですね」
あの日、シャッターの音にわたしが振り向く前から。
感想ノートに返事を書いてくれていた先輩はわたしのことを見ていた。
なんだか凄く恥ずかしい気もするけれど、とても嬉しい。
先輩が本を読んでいるわたしを見てわたしと話してみたいって思ってくれた事。
話すうちに好きになってくれた事。
恥ずかしくて感想ノートに返事を書いているのを打ち明けられなかった事。
全てがとても愛しく思えた。



