「で?キミの名前はなんていうの?」
優しく細められた目と下がった目尻。
きっとこの人には不思議な力がある。
人を惹きつけるというか⋯、つい、心を開いてしまう力。
どうせ同じ学校の人だし⋯。
だからそんな言い訳をしてわたしは初対面の彼に名前を告げた。
「吉川澄」
「すみ⋯?」
「はい」
「澄かあ⋯。いい名前だね」
きっと、そんなのは社交辞令で。
取ってつけたような言葉だったのかもしれない。そんな事頭ではわかっているつもりだったのに、いい名前と言われた事が嬉しかった。
自分自身は嫌いだけど、この名前は好きだったから。
空や海は澄み渡るという表現を使う事がある。
だから青色が好きなわたしにとって、澄という名前は大切だった。
凛という名前が嫌とかじゃないけど、唯一わたしが凛じゃなくてよかったと思えるもの。それがこの澄という名前だった。
「夏に映画が公開されたらさ」
「この小説の話ですか?」
「それ以外にある?」
突然話を巻き戻す知春先輩に、もうその話は終わったのかと思ってましたと言えば「キミの好きな本の話しましょーよ」と笑われる。
どうして彼はわたしを写真に撮ったんだろう。
どうして声をかけたんだろう。
どうして本の話なんてしたがるんだろう。
疑問がなかったわけではない。
だけど今までこんな人いなかったから。
わたしに構い、好きな本に対して興味を持ってくれる人なんていなかったから。
唯一居たとすれば感想ノートのその人しかいなかったから、少し浮かれたのかもしれない。
殻にとじこもりながらも寂しさを感じていたわたしは、感想ノートの返事がくるのをいつしか楽しみにしていたわたしは、浮かれたんだ。
「一緒に観にいく?」
「⋯行きませんけど」
「なんで?」
「なんでって⋯知春先輩とは初対面だし一緒に映画を観に行くほど仲良くなる予定もありませんから」
「つれねぇーなぁ」
ケラケラと笑いながら背筋を伸ばして大きく伸びをした先輩はテーブルの上にあったカメラに手を伸ばす。



