キミと世界が青めくとき 【完】



「今読んでるのは恋愛小説で⋯」



怪しい先輩。

関わりたくない人間。

それなのに答えてしまったのは彼の声があまりにも優しかったからだろうか。

それともわたしの好きな本に対して興味を持ってくれたからだろうか。



「へえー。どんな話なの?」



コトリと音を立てて机の上に置かれたカメラ。
彼はさも自然とわたしの隣の椅子を引いてそこに腰を下ろした。

頬杖をつきながら、わたしの持っている本を覗き込む彼。

ふわっと香ったのはどこかで嗅いだ事のある様な柔軟剤の匂いで、こういう目立つ容姿をしている人は人工的な香りの香水でもつけているんだろうなって勝手に思い込んでいたわたしはその柔らかい匂いに少しだけ好印象を抱いた。


かといって、男の人と付き合った事もないわたしが広大以外の男性とこんなに近い距離な事に慣れているはずもなく、言葉に詰まる。

そんなわたしを見てクスリと笑った彼は「それ」と頬杖をついた顔を少ししゃくった。



「夏に映画化する本?似たようなタイトルの宣伝を前に見た気がする」

「⋯あ、はい。そうです」

「俺小説とか全然読まないんだけど、それ面白い?」

「⋯わたしが面白いですって言ったら橘先輩は読むんですか?」



近い距離の先輩と目を合わせられず、本へと視線を落とす。そんなわたしに彼は僅かに驚いた表情を見せた。



「いや、読まないかな」

「なら聞く意味ありました?」

「俺、活字ダメなの」

「そうなんですか」

「全然興味ないな。俺に」



さっき初めて会った人に興味なんてないのは当たり前ではないだろうか。

でもよく考えたらあまりよく知らない人にこそ興味は湧くものかもしれない。ならわたしがおかしいんだろうか?いや、でもやっぱりよく知らない初対面の彼に興味は湧かない。


「まあ」とその言葉を肯定したわたしはきっと無愛想で無礼で。
こんなんだから凛と比べられるし友達も出来ないのだろうと自嘲する。でも、これがわたしだから。
愛想をよくした所で、凛の真似をしたところで、何になるんだろう?きっと何にもならない。だからわたしは自分を変えるつもりはない。だけどもしわたしの態度で先輩を不快にさせてしまっていたらそれはそれで良くない。

これが自分だからっていう予防線は一種の逃避だ。


だけど先輩は気分を害したような素振りは見せず、むしろキュッと口角を上げてわたしを見ている。

この距離で先輩の顔を見てわかったけど、先輩の瞳は人より色素が薄いらしい。

近くで見なければわからないけれど、涙している訳ではないのに潤っている先輩の瞳は淡いブラウンだった。