連れて来られたのは、以前英和辞典を貸した時にも話した廊下の隅。


廊下の壁に体重を預けてどことなく威圧的な態度でわたしを見下ろす広大はその顔に嫌悪感を滲ませている。

朝はわたしの様子を窺うような態度でチラチラ見てきたくせに、その時とは正反対かつ高圧的態度に不快感が募った。



「何か用?」

「────昨日の事だけど」



眉を寄せながらそう発した広大にやっぱりと呆れる。

単なる興味本位なのかそれともわたしなんかがっていう見下した気持ちからなのか。人の交友関係なんて放っておいて欲しいのに。



「昨日の事って⋯?」

「お前、橘先輩と仲良かったんだな」

「広大も知春先輩のこと知ってるの?」

「まあ。あの人、結構目立つし」

「⋯うん」

「俺が可愛がってもらってる先輩とも仲良いし」

「そうなんだ」

「⋯⋯どうやって仲良くなったんだよ?」



探るような瞳は、あまり気持ちの良いものじゃない。

壁に背をつけたままの広大は一体何が知りたいのだろう?


仲良くなった経緯?

いつからって期間?

どうして先輩とわたしがっていう理由?



わからない。どうやってって言われても、そんなのわかるはずがない。



「べつに、」

「は?」

「どうとかわからないよ。ただ、図書室で⋯」

「図書室?」

「図書室に居たら、先輩が声を掛けてくれて⋯」

「意味わかんねぇ」



広大の言う通り、わたしも喋っていて要領を得ていない事は自覚していたけれど、あの日の事を他にどんな言葉で説明すればいいのかなんてわからなかったし、あの出会いを言葉で説明する事なんて不可能なんじゃないかって思った。


何もかも、突然で⋯。


それに、わたしはあまり人に教えたくないとも思った。

その理由はわからないけれど、あの日のあの時間はわたしと先輩だけの思い出にしておきたかった。