そういえば、前に読んだ恋愛小説が夏に映画化されるという話を先輩とした記憶がある。
だけどわたしは小説を読んでいただけで映画に興味があるわけでもなければ原作を読んだのだからと思い、観る気もなかった。
だからそんな事はすっかり忘れていて。
「本当は夏休み中にも誘おうって思ってたんだけど、思い出したのが今朝で。クラスの女子が映画を観たって話してるの聞いて、そういえば澄が似たようなタイトルの小説読んでたなって」
「よく、覚えてましたね」
「いや、忘れてたんだよ。夏に公開されるなんてすっかり忘れてた」
「いや、そうではなくて⋯」
「うん?」
「⋯いえ。なんでもないです」
わたしが言ったのは、いつ公開されるとかそういう話ではなくて、夏休み前にチラッと話した小説の事を先輩が覚えていたという事だった。
タイトルもそうだし、わたしとその話をしたのなんてほんの一瞬だったのに先輩はよく覚えていたなって。
興味のない本の話なのに、先輩はわたしが思っているよりもずっと真剣にわたしの話に耳を傾けてくれていたのかもしれない。
たからだろうか。
別に観なくてもいいと思っていたのに、むしろ実写化なんてどうでもいいとすら思っていたのに、急にその映画を観たくなってしまったのは。
先輩となら観たいと思ったのは。
だけど先輩も公開日を忘れていたという事は映画自体には興味がないのだろうと思う。
だからわざわざこうして誘ってくれたのは有難いけれど、先輩が退屈になってしまうなら断ろうというか、諦めようと思った。
それなのに先輩はわたしのその考えも見越して─────、
「クラスの女子が言うには面白かったって。だから俺もちょっと観たいなって思ってさ。もし良かったらこの後一緒に行かない?」
恋愛映画に先輩が興味があるようには見えない。
けれど、これも先輩が前に言っていたわたしと仲良くなりたいからという気持ちからくるものなのだとしたら、わたしはそれを素直に喜んでしまいそうだ。
「一緒に映画、観ましょう」
知春先輩はいつだって吉川澄というわたしを見てくれているから。



