「本日は大変有意義なご提案をいただき、ありがとうございました。」


1時間後、プレゼンから質疑応答までが終わると、相手方の責任者が満足げな笑顔を浮かべながら言った。


「いえ、こちらこそ本日は貴重なお時間をちょうだいして、ありがとうございました。」


七瀬が笑顔でそう返しながら、頭を下げるのを見て、田中も慌てて、それに倣う。


「それでは、今回のご提案につきましては、弊社といたしましても早急に検討の上、お返事を差し上げたいと存じます。」


「是非、よろしくお願いします。」


こうして、この日の商談は幕を下ろした。早急に検討とは言っていたが、相手側の反応を見る限り、それはあくまで形式的なことに過ぎず、実際にはほとんど商談は成立したようなものだと、田中は思うしかなかった。


全てが終わり、建物を出た2人。そのまま歩き出す七瀬の背中に


「主任!」


呼びかけた自分の声が尖っていることは、田中も自覚している。


「突然、横から私にしゃしゃり出て来られて、不満?」


振り向きもせずに言って来る七瀬に


「それは・・・。」


当然でしょうと続けようとした田中を遮るように


「悪いけど、先に戻っててくれる?」


七瀬は言う。


「えっ?」


「このあと、ちょっと回るとこがあるから。じゃ。」


有無を言わさぬ口調で告げると、立ち尽くす田中を残して、七瀬は歩き去って行った。


結局、とぼとぼと1人で帰社する羽目になった田中は、係長に帰社と七瀬がそのまま他の取引先に足を延ばした旨を報告すると、自席に着いた。


「おい、どうだった?」


すると待ちかねたかのように寄って来た若林が尋ねて来たが


「はい。まぁまぁ・・・ですかね。」


曖昧な返事をして、田中はパソコンを開いた。


事の顛末を、第二課の面々が耳にしたのは、昼休みに入ってからだった。どうにも元気のない田中を不審に思った若林が問い詰めると、彼は重い口を開いて、今朝の状況を話し始めた。


「なんだよ、それ・・・。」


聞き終わった若林は、驚いたように声を上げると


「お前、藤堂にそんな勝手なことされて、黙って引き下がったのかよ。」


詰問するように田中に言った。


「仕方ないじゃないですか。」


「悔しくないのか?」


「悔しいですよ。でも、あの状況で取引先の前で上司相手にもめるわけにいきませんし。それに正直、主任のプレゼンの方が全然よかったですし・・・。」


「バカ野郎。そういう問題じゃねぇだろ?完全にアイツにコケにされたんだぞ、お前も俺も。」


怒り心頭の若林に、唖然とする周囲。がそれに対して、田中は俯くだけだった。