午後、七瀬と共に外出した小野だったが、内心おどおどしていた。実は彼女は、人事部のヒヤリングに対して、パワハラはあると回答していた。その時、みなさんの回答内容は、絶対に七瀬本人にはもちろん、他には漏れないよう厳守すると人事部は言っていたが、結局はそれが七瀬の知るところになり、叱られるのではと危惧していたからだ。


しかし実際には、そんな様子は全くなく、商談が終わると


「じゃ、今日の内容をもとに、小野さんが具体的な提案書を作ってみてくれる?」


「えっ、いきなり私がですか?」


「うん。今のお取引先との話を受けて、小野さんによく考えて欲しいんだ。ただししっかりと、裏付けがあるデータは添付してよ。これが大きなポイントだからね。まずは下書き、メモ書きのレベルでいいから、明後日までに出来る?」


「は、はい。」


「じゃ、お願いね。」


と穏やかな口調で指示を出して来ただけだった。


(人事部に言われて、少し優しくなった・・・?)


小野は思わずそんなことを考えてしまった。


帰社したあとは、また自分の業務に勤しんでいた七瀬だったが、終業時間を迎えると


「係長。申し訳ありませんが、少しお時間をいただけますか?」


そう声を掛けられ、共に面談室に入った係長が、泡食ったように部屋を出て、課長のもとに向かったのは、それからすぐのことだった。


何ごとが起こったのかと、驚いている課員たちには目もくれず、係長が課長に耳打ちすると


「なんだって?」


と言うや、課長は席を立って、面談室に入って行く。


「藤堂くん、本気で言ってるのかい?」


入るなり、席に着く前に課長が言う。よほど慌てているらしい。


「はい、どうかよろしくお願いします。」


それに対して、七瀬は落ち着いた表情で頭を下げる。


「自分でもわかってるだろうが、君は、どんどんこれから上を目指して行くべき立場なんだぞ。それがいきなり自ら降格を志願するなんて・・・。」


「そう言っていただくのは光栄です。自分で言うのもなんですが、営業マンとしての自分には、いささか自信は持っています。ですが、部下の教育、指導という面においては、もともと自分でも不向きだと思っていました。だとすれば、私を主任から外し、一営業マンに戻していただいた方が、かえって会社にも貢献できると思います。どうか、よろしくお願いします。」


ビジネスマンとして、あまりにも突拍子もない申し出に、課長と係長は思わず顔を見合わせる。