すると


「遅くなりました、戻りました。」


と言いながらオフィスに入って来たひとりの男性社員が。


「全く藤堂くんが帰ったのを見計らったように帰って来やがって。今までどこで油を売ってた?」


と係長に嚙み付かれて


「そんな人聞きの悪いこと言わないでくださいよ、ちゃんと取引先を回って来たんですから。」


そう言いながら、彼のデスクの前に立ったのは、若林雅人(まさと)。七瀬と若林は同期入社なのだが、仲が悪く、今日も七瀬と顔を合わせないように、わざと遅く帰って来たのではないかと、係長に嫌味を言われたのだが、若林は意に介さず、手短に報告を済ますと、何やら深刻な顔でパソコンとにらめっこしている田中に近付いた。


「どうした?田中。」


「あっ、先輩。実は主任から今度取引先に持っていく提案書、NG食らいまして。」


情けない表情で報告してくる田中に


「どれ、見せてみろよ。」


若林は言って来る。頷いた田中が差し出して来た書類を、若林はパラパラとめくっていたが


「なんだよ。結構よく出来てるじゃねぇか。」


そう言って、田中に書類を戻す。


「ありがとうございます。でも藤堂主任のお眼鏡には掛からなかったんで・・・。」


お礼の言葉を述べたものの、田中の表情は冴えない。


「とにかく部下に文句つけないと気が済まないんだろ、あの出しゃばりは。あんまり気にするな。書類が厚くて気に食わないって言うんなら、何枚か減らして、あとは、てにをはをちょっといじって出し直してやれ。」


そう言って、田中の肩をポンと叩いた若林に


「はぁ・・・。」


田中は曖昧に頷く。


「ということで、呑み行くぞ。」


「えっ?」


「そんな根詰めてやったって、しょうがないって。さ、みんなも行くぞ。」


田中の肩を抱きながら、周囲に明るい声で言った若林に何人かが頷いたが


「おい若林、呑みもいいが、あんまり羽目を外すなよ。朝からみんながしゃんとしてないと、また藤堂くんの機嫌が悪くなるからな。」


そんな彼らに、係長が声を掛ける。


「係長・・・。」


「よろしく頼むぞ。じゃ、お疲れ。」


冗談めかした口調ではあったが、そんなことを言い残して係長は帰って行く。


「なんだよ、あの言い草。あれじゃ、誰が上司かわかったもんじゃねぇ。」


「係長はホント主任に頭上がんないですよね。」


「アイツだけじゃなくて、課長まで藤堂の顔色窺ってるからな。だからあの可愛げのない女が、ますますデカい顔して、つけ上がるんだよ。」


係長が消えたドアの方を見ながら若林は、苦々しい顔で吐き捨てた。