決意を胸に秘めながら、七瀬が帰路に着いていた頃。彼女より少し遅れて、会社を出た圭吾は実家に顔を出していた。父である圭介社長に呼ばれたのだ。


「父さんは?」


出迎えてくれた母親に圭吾が尋ねると


「もうお待ちかねよ。」


との答えが返って来たので、まずはダイニングに顔を出す。


「ただいま。」


「おう、ご苦労さん。」


「父さんもお疲れ様です。取り敢えず、着替えて来ちゃうから。」


そう父に断って、圭吾は2Fの自室に向かう。就職して間もなく、実家を離れてからは、滅多に出入りすることはなくなっていたが、それでも母の手で清潔に保たれている。今夜はこのまま、実家に泊まる予定だった。


着換えてダイニングに戻った圭吾が、席に着くと


「改めて、新プロジェクト、見事なお手並みだった。」


という言葉と共に、父がビールを注いでくれる。


「ありがとう。」


場所が自宅だけに、乾杯する2人の姿は、父と子に戻っていた。その後は、母の作ってくれた夕食に舌鼓を打つ。激務の日々を送り、また仕事柄、外食がどうしても多くなってしまう圭吾にとっては、胃に優しく、また幼い頃から慣れ親しんだ味は、安らぎと癒しを与えてくれる。


食事中は、両親と和やかに会話も弾んだが、それも終わり、母親が後片付けの為に、キッチンに去ると、ダイニングの空気は、張りつめたものになる。


現在は別居しているとは言え、会社ではほぼ毎日顔を合わせている父子。2人で会話を交わす機会を作ろうと思えば、それはそんなに難しいことではないはずだが、わざわざ他人の目を気にする必要のない自宅で向かい合っているということは、恐らく労いの席を設ける為だけではないはずだった。