結局、相手企業からは、翌朝の業務開始早々に正式契約を結びたいとの連絡が入った。


「ありがとうございます。それでは明日、お伺いさせていただきます。」


受話器を持ったまま、相手には見えない営業スマイルを満面に浮かべ、深々と一礼してから電話を切った七瀬は


「田中くん、早速契約の準備、急いで。」


次の瞬間には、平静な表情に戻って指示を出していた。


そして翌日、無事に契約を完了して帰社して来た七瀬を


「藤堂くん、ご苦労だった。」


課長は満面の笑みで労った。


「ありがとうございます。」


そう言って頭を下げる七瀬に1つ頷いた課長は、次に横に並んでいる田中に視線を向けた。


「田中も今回はいろいろと勉強になったろう?」


「はい。」


「今後も藤堂くんに付いて、ソリュ-ション営業に必要なスキルをしっかりと身に着けるように努力するんだ。いいな。」


「わかりました。」


田中の殊勝な態度に、課長は満足そうだったが、そんな彼らを見つめる周囲の視線は冷ややかだった。


果たして、部長への報告の為に、課長が席を外した途端


「藤堂。」


「なに?」


「どんな気分だ?」


「えっ?」


「部下から成果横取りした気分は?」


若林がまたまた嚙み付いて来た。


「田中の提案書の内容がどんなに酷かったのかは知らないけど、結局お前はそれに対する指導もしなかったじゃねぇか。なのに、成果だけちゃっかり取り上げて、自分の得点にして。いくらなんでも酷くねぇか?」


同期入社である七瀬と若林だが、今はまぎれもなく上司と部下の関係だ。しかし、日頃から若林は七瀬を主任とも呼ばないし、敬語も使わない。今も完全なタメ口、お前呼ばわりで声を荒げている。ただ日頃、七瀬の容赦のない言動の餌食になっているのは、田中や若林だけではない。当然、第二課には七瀬に対して好意を持たない人間が少なくないから、その若林の非礼な言動を窘めようとする者もいない。


だが、そんな若林の非礼を全く意に介す様子もなく


「あら、田中くんのプレゼン内容は、君はよくご存じのはずじゃない?」


七瀬は皮肉気な口調で答える。その言葉に、思わず表情を歪める若林に


「部下の過ちを正し、指導教育するのは、上長としての務めなんで。ただ、今回の件に関しては、田中くんを陰で指導されてる方がいたみたいだから、信頼してお任せしてたんだけど、それが間違いだったみたいね。私の判断ミスだったわ。」


と更に言い放つ七瀬。


「なっ・・・。」


その物言いに、若林は言葉を失う。