手を引いてセドリック様は私を抱き寄せた。彼の腕の中にすっぽりと納まり伝わってくる温もりに癒される。少しだけ擦り寄ると嬉しそうに尻尾が揺れた。

「えー、あー、それでですね。使節団の目的は、グラシェ国との国交及びオリビア様から錬金術と付与魔法の手ほどきを受けたいと──」

 ニコニコ笑っているセドリック様の表情が氷点下の笑みに早変わりしていく。めちゃくちゃ怒っているのが分かる。
「ねえ、オリビア」と、甘い声で私を見つめ機嫌が直ったかと思ったが──。

「エレジア国、いっそ滅ぼしてしまいますか?」
「だ、駄目です。絶対に駄目」
「オリビアの笑顔が陰る元凶は、元から根絶したいじゃないですか」

 懇願するような視線を向けらえるが頷けない。というか頷いたら本当に実行するだろう。苦笑しつつも、セドリック様の心遣いが純粋に嬉しかった。

「……でも、三カ月経って急にどうして?」
「おそらくオリビアの偉業が、他の人間たちでは賄えないと気づいたのでしょう。エレジア国を去る際に錬金術や付与魔法の指南書みたいなものは作らされなかったのですか?」
「屋敷に発注書を残していたので、作り方などは書いておいて来たのですが……」
「じゃあ、それがあるので『自力で頑張れ』と言って追い返しましょう」
「え、でも……。大丈夫なのですか?」

 セドリック様の「もちろんです」と即答する。

「私の大事な、大事な王妃を馬車馬のように使っておいて、さらに利用しようとしている浅ましさ──何より向こうの条件を無条件で呑めば我が国としても舐められますからね。ここはアドラたちに任せて対応し、それでもごねるようなら私が出ます」
「私も一緒の方がいいのでは?」
「では()()()()()()同席してくださるのですか?」

 冗談っぽくセドリック様が私に問いかけてくるので、恥ずかしくて顔が見られず視線を床に向けつつ本心を吐露する。

「セドリック……が嫌じゃなければ、隣にいたい……です」
「オリビア。本当ですか、本当の本当に!?」
「……はい」
「やったあ。ああ、嬉しくてどうしましょう!」

 セドリック様は私を抱き上げてワルツでも躍るようにステップを踏む。
 アドラ様も「おめでとうございます」と拍手をしてくれるので、なんだか急に恥ずかしい。

「では準備をしてきてください。サーシャ、ヘレン」
「承知しました」
「お任せください!」

 唐突に姿を見せたサーシャさんとヘレンさん。待機していたのか全然気づかなかった。二人とも目が輝いており、お風呂に入ってマッサージ、着替えコースが待っていると直感した瞬間だった。


 ***


 たっぷり一時間半以上かけて、着飾ってもらった。思えばグラシェ国で社交界などのパーティーはあまり行われておらず、公務らしいことをするのは今回が初めてだと思い至り緊張してしまう。胸下に切り替えがあり、スカートが流れるように落ちるエンパイアドレスの色はセドリック様の瞳の紺藍色と白で、全体的に金や銀の刺繍をふんだんに使っている。蜂蜜色の長い髪は編み込みで綺麗にまとめ上げており、胸には真珠と深い青色の宝石付きのネックレスといつも以上に気合が入っている。

(よく考えればセドリック様の妻になりたいと公言したのは今日初めてだったから、今まで公務に関して配慮されていたのかもしれない。もっとも、この三カ月、セドリック様が遠征やら各地の視察、パーティーなどで城を空けることが殆どなかったような……)

 使節団は城内の客間に案内をしており、セドリック様たちが対応をしているという。足を治癒魔法で治してもらい、久しぶりに自分の足で歩くことができる。
 リハビリもしてきたおかげで歩くのも問題ないものの、長時間に関してはローレンス様から許可がおりていない。

「ど、どうかしら?」
「素敵です、オリビア様」
「ええ、本当に。花の女神のようですわ」
「あ、ありがとうございます。……セドリック様も喜んでくれるでしょうか」
「すっごく喜ぶと思います!」
「同感です」

 鏡を見ても、サーシャさんとヘレンさんの頑張りで綺麗に着飾ってくれた。靴は足に負担を掛けないヒールの低いものを用意してくれたので、客間まで問題なく歩くことができた。
 控えめなノックをして、客間に入った。

 広い部屋に向かい合わせにソファがあり、そこでエレジア国の使節団よりも先にセドリック様に目が行った。白の正装で身を整えており、いつにも増して三割、いや五割増しに凛々しく見える。長い髪も蜂蜜色の網紐で結っていて、私を見た瞬間、口元が綻んだ。

「セドリック様」
「ああ、オリビア!」

 素早くソファから立ち上がって、部屋に入った私の前に足早に歩み寄る。私は膝を曲げてカーテシーをして挨拶をした。