聖女エレノア様は美しく心優しい方で、光魔法の使い手。国中の人気者──そう聞いていた。
 そんな高貴な方が口にするにはあまりにも酷い言葉だった。ベールで隠していても下卑た笑みが見える。

「……エレノア様?」
「えー、本当に気づいていないの? フフフ」
「な、……にを?」

 喉がつかえて言葉が上手く出てこなかった。
 彼女は何が言いたいのだろう。

「三年前、王族がアナタを保護してから使いどころを模索していたのよぉ。アナタの叔父夫婦も、クリストファ殿下の婚約もぜーんぶ、この日のために用意された茶番なのよ」
「ぜんぶ……」
「そう。三年前、アナタたちはグラシェ国から逃げ出し、エレジア国に保護を求めた。その後、グラシェ国の竜魔王が取り戻しに来たらしいけれど、その頃にはアナタの錬金術と付与魔法の技術を我が国の物にしたくて三年間、身柄の引き渡しを拒否したのよ」
(つまり、最初から私の技術を盗むために……取引に応じた?)
「そこでクリストファ殿下は私と婚約を白紙に戻して、アナタを婚約者に挿げ替えて王家の保護下にあると喧伝したの。三年の期間限定だって聞いて、私も承諾したわ。亡国の令嬢を守る王子クリストファ殿下、婚約者を奪われた哀れな聖女エレノア。どう、いい配役でしょう」
(私の前に殿下と婚約していたのはエレノア様……だった?)
「ああ、それと。アナタの株を上げたくなかったから、聖女からクリストファ殿下を奪った悪女として噂を流しておいたわ」
「……どう、して?」
「そうすることで、私やクリストファ殿下の株が上がるからに決まっているでしょう」

 思い返せばこの三年、この国の人たちから向けられた視線は、どれも痛々しいものばかりだった。

 基本的に屋敷にいることが多かったので気付かなかったが、先ほど取り押さえた騎士たちからも嫌悪感や敵意を向けられた。あれは屋敷の使用人たちと同じ類の視線だった。

 身に覚えのない罵倒に嫌がらせ。
 なぜ? 幾度もそう思った。
 その答えはあまりにも理不尽なもので、薄れていた感情に怒りが宿る。

「三年後、アナタは王家の恩を返すため竜魔王との橋渡しに自ら志願した──新たな聖女となる。アハハハ、あの国から逃げ出したのか追放されたのに、生贄として戻るなんて可哀そうね」
「…………」

 どうしてグラシェ国の竜魔王は私の帰還を望んだのか。元から私は竜魔王に捧げられる生贄だった? 
 それなら時が来て帰還を望むのはあり得るのかもしれない。
 叔父夫婦から聞いていた話と全く違っているけれど、あの二人が姿を消した以上問いただすことはできないだろう。

 何が本当で、何が嘘なのか。
 叔父夫婦、クリストファ殿下、聖女エレノア様、三人が語る内容はどれもちぐはぐで──けれど共通しているのは、私を利用し続けていたということ。皆にとって私は都合の良い存在だった。