「せ、セドリック様!?」
「あんなに楽しそうにお茶会をしているなんて、どうして私を呼んでくださらなかったのですか。言って下されば執務を放棄してでも伺ったのに!」
「いえ、それはそれで駄目なような……」

 いつになく私の首筋に顔を埋めて拗ねている。尻尾も私の腰回りに巻き付いていた。身動きができない上に、古い友人とはいえ何とも恥ずかしいところを見られてしまった──と思っていたのだが。

「あいかわらずリヴィを独り占めしようとするなんて、器が小さい男ね」
「百年程度経っても独占欲は変わらない。……や、絶対酷くなっている」

 私の傍で浮遊するダグラスとスカーレットは、「またか」といった感じで呆れていた。まるでこういったことが今までに何度もあったかのような反応だ。

「ダグラス、スカーレットもその姿というのは狡くないですか。可愛いものが大好きなオリビアがどう反応するか分かっていたのでしょう」
「もちろん」
「とうぜん」
「くっ……やっぱり確信犯じゃないか。質が悪い」

 何というかセドリック様に対して友人感覚で話している。しかもどちらかというとダグラスとスカーレットの方が年上っぽいようだ。

「大体、来るならまずは私のところじゃないですか。だいたい魅了封じの魔導具だけ渡して何をしていたのですか。うう……」
「別任務。あとリヴィに会いたかった」
「別のお仕事。一刻も早くリヴィに会いたかったんだもの」
「ぐっ」

 息ピッタリの答えである。
 ダグラスとスカーレットは、他にもソファが空いているというのに私の膝の上にちょこんと座り込む。白と黒のモフモフを前にしたら触れたくなるのが真理だと思う。

(もしかして魅了封じの魔導具って、庭園に現れたミア──様? を撃退するために用意していたもの?)
 
 セドリック様やサーシャさんたちは何があったのかなど詳しくは話さない。政治的な背景がある、あるいは人族の私のことを考えて黙っているのかもしれない。この国の人たちは人族に対して過保護すぎるから。
「オリビアぁ」とセドリック様が情けない声を上げるので、どうすれば機嫌がよくなってくれるかと思考が切り替わる。ダグラスやスカーレットがいるので、自分からのキスは恥ずかしい。

(ダグラスやスカーレットと同じように頭を撫でたら?)
「オリビアに癒されたい」
「フラン、嫉妬ばっかりしていると嫌われる」
「ぐっ」
「うんうん。フランはリヴィと最初にあった時から『自分の女』って感じだったものね~。私たちへの威嚇はすごかったなぁ」
「あれは……」

 懐かしい話に花を咲かせているが、その中心にいる『リヴィ』つまりは私なのだけれど、フィデス王国の記憶は多くない。
 やっぱり私は聖女エレノア様が言っていた百年前のオリビア・クリフォード張本人なのだろうか。命を賭して祖国を守る未来ではなく、自分も生き残る方法を模索した。その結果、石化魔法を選んだ。そう決断させたのは記憶は思い出せないけれど、たぶん、セドリック様やダグラス、スカーレットが私の帰りを待っていてくれたから──じゃないだろうか。
 帰る場所も、待っている人もいなかったら、私は自分の命を投げ出して自分の人生に幕を閉じたいと思うだろう。グラシェ国に訪れた時の私のように。

(私は、自分も自国の国民も見捨てず、死ぬ以外の選択をした。……それはすごい勇気で、本当にセドリック様たちのことを思っていたのね)

 過去を思い出せないことに罪悪感が芽生えつつあったが、ダグラスは私の心を読み取ったのか私に向かって重大な発言をする。

「リヴィの記憶は戻らない。というか無理。だから過去は忘れたほうがいい」
「え」

 決定事項のように告げるダグラスに私は違和感を覚えた。思えばこの愛くるしい黒猫は何者なのだろう。