ずっと自分に向けている感情に対して私は何を返せただろう。
 自分の気持ちを言葉にして伝えことがあっただろうか。
 裏切られるのが怖くて、ずっと逃げて先送りにしていた。甘えてそれにあぐらをかいていたのではないか。
 急に失ってしまう怖さは、身をもって味わっているのに──。
 グッと、下唇を噛みしめる。

「ふふっ、セドリック様もようやく私の魅力に気づいたのですね。嬉しいです。あ、そうです。これから一緒にお茶をしませんか? 喉が渇いてしまって」

 セドリック様に擦り寄ろうとする美女は、自分の都合の良いように話を進めようとする。抱きかかえられた私など眼中にないのだろう。
 私の容姿は普通だし、美人でもない。けれど──。

「貴様にこれを渡すのは──」
「セドリック様は妻になる私と散歩をしてからお茶をするので、ご遠慮いただけますでしょうか」

 セドリック様の言葉を遮って、思いのたけを思わず口にしてしまった。しかも彼の首に手を回して大胆発言まで──。
 一瞬にして羞恥心で死にそうになった。けれど私が勇気を出した分、セドリック様の顔も赤くなって目をキラキラ輝かせていた。

「ああ、まさか──ここでオリビアがそんなことを言ってくださるなんて」
「せ、セドリック様」

 頬ずりから頬のキスが降り注ぐ。人前で!
 完全に取り残された美女は何が起こったのか理解していないのか固まっていた。そしてその隙にサーシャさんが美女の両腕と首輪を付けていく。素早い。
「殿下、装着が終わりました」と、セドリック様のデレデレ具合にまったく動じずに告げた。それによって美女は「ええ、どうしてセドリック様が付けてくださらないのですか!?」と不満を漏らす。

「ねえ、みんなもそうでしょう。せっかくの贈り物なのに。みんなもセドリック様に言ってあげて!」

 ここまで来ても美女は自分勝手な理屈を口にする。ふと、傍にいた取り巻きたちからの糾弾がないことに気付いた。先程までは罵声を浴びせていた声もない。
 それどころか、騎士や従者たちは美女から離れ、一斉に地面に膝と両手をついて頭を下げた。

「陛下、数々の無礼をお許しください」
「申し訳ございませんでした」
「王妃様への誹謗中傷、申し訳ありません」
「え、ええ? みんなどうしちゃったの?」

 今まで美女側についていた騎士や従者たちの態度が一変した。よく考えれば一国の王に対して、騎士や従者たちの態度は横暴だった。まるで主君とは思っていない言動もあった。
 それが今は正常に戻ったかのよう。正常……ということはもしかして──。

「ミア=キャニング。貴様の持つ《魅了》は今日この時点で使い物にならなくなった」
「え、なにを……?」
「後宮で保護していた規則を破った。貴様には公務執行妨害、詐欺罪、暗殺未遂罪と余罪があるので後宮の保護施設ではなく、投獄に処す」

 張り詰めた空気に気付いた美女は、焦りだすもののまだ余裕のようなものはあった。この状態から自分の都合のいい状態に持っていけると、信じているのだろう。

「私、なにも悪いことしてないわ。それに私がディートハルト様やセドリック様に好かれるのは当然でしょう? 私が良いと言ったらその通りになるもの!」
「なにを馬鹿なことを。兄上が愛したのはクロエ殿のみ。そして私が生涯愛を誓ったのはオリビアただ一人だ。貴様は危険人物ということで、後宮に押し込めていただけに過ぎん」
(危険? 魅了? もしかして無自覚で魅了をつかって、色んな人を誘惑していた?)