嫣然と女は笑った。その口元が禍々しくも発せられる声が魅力的に思えた。
 彼女から紡がれた言葉なら、何でも信じてしまいそうな──そんな魔性を孕んだ声。
 そうだ、彼女が言うのなら間違いはないだろう。

「大丈夫です。全ては殿下の思うままにことは運びます」
「…………わかった。私の婚約者として囲いつつ、搾取させてもらおう」
「ありがとうございます。クリストファ殿下」

 問題は大いにあった。密約を交わし、オリビアを保護した途端、竜魔王代行が直々に乗り込んできたのだ。話を聞くと彼女は竜魔王の王弟セドリックの正式な婚約者であり、妻に迎える途中で何者かに誘拐され我が国に来たのだと。
 凍り付くような視線と明確な殺意に背筋が凍った。

「いますぐに彼女を返してもらう」
(それはまずい。なにが何も問題ないだ! 虎の尾をどころか竜の逆鱗に触れるような娘をよこして!)

 そう思った瞬間、嫣然と嗤った女の声が聞こえ──自分の悩みが急に馬鹿々々しく思えた。
 何を恐れる必要があるのだ。こちらにはオリビアという人質(切り札)がある。
 眼前の男への恐怖なども消え去った。乗り切れる──いや乗り切って見せる。

「いや、すでに我が国で保護すると書面にも残した。それを貴公の一存でひっくり返すことは難しい。そうだな、それなりに財を貰えるのなら、保護の期間を三年にしてやってもいい」
「……ほう。交渉を中断して戦争をしてもいいが」
「そうなったら戦火で保護した娘が真っ先に死ぬかもしれないな。それでもいいのかな? 私としても自国の民と保護した娘の安全を最優先にしたいのだが」
「……!」

 自分の妻となる者が人質になっていると気づいたのだろう。凍るような視線に耐え、何とか乗り切った。条件の中に「オリビアに触れることは許さない」という一文が増えたが、その結果、莫大な金銭が手に入った。
 あの竜魔人族の威圧にも屈せず、交渉の末莫大な金額を得た。
 あとはこの三年でオリビアを死なない程度に利用し搾取する。
 そうすれば完璧だ。あの時はそれこそが正しい考えだと信じて疑わなかった。

 それから三年。
 我が国の国土は豊かになり、魔術士として頭角を現す者が増え、聖女としてエレノアが覚醒するに至った。小物などに付与魔法を施した商品は他国に売り出した途端、高値で買い取ってもらい様々な所から金が入って来た。これで我が国も安泰──そう思ったのもつかぬ間、オリビアはグラシェ国に返す時期に差し掛かった。
 生贄と言う形で送り出したのは、あの女の指示だった。
 オリビアの傍にいた小動物を殺したのも、そう指示されたから。
 全てはオリビアを絶望させるためだと言っていた。そのあたりはどうでもいい。だが問題はいくつも残った。
 三年という時間に胡坐をかいて、オリビアが居なくなった後のことを甘く考えていた。
 あの使いの女の言葉通り、オリビアが居なくなったことで作物の生産量が激減。木々も枯れてマナも減少。聖女エレノアの力も殆ど失いつつあった。