「コホンッ、父上。オリビアをじろじろ見るのは、やめてください。オリビアが驚いているでしょう」
「む、……ああ。あの時の娘か。人族の寿命は短命と聞いていたが存外例外がいるのだな」
「アナタ、オリビアを虐めていないでしょうね!」

 豪快に笑うお義父様だったが、王太后様──お義母様が姿を見せた瞬間、重苦しい空気が一変した。とびきりの笑顔で出迎える。

愛しい人(ハニー)、遅いではないか」
「もう、アナタが待っていると言っていたのでしょう?」
「違う。眠っていたら愛しい人(ハニー)がいなくなっていたのだ」
(なんだろう。あの可愛らしい二人のやり取り……)

 私たちの存在を無視して二人だけの世界に入っている。抱擁から抱き上げてキスまで一連の流れでこなれていた。新婚夫婦のような熱々ぶりだ。

(あんな風に仲睦まじい夫婦もいるのね)
「竜魔人では伴侶に対してだいたいあんな感じなのです。自分はああならないと思っていたのですが──オリビアとなら悪くありませんね」
「!」

 頬を摺り寄せてキスをする。さりげなく。もうそれだけでいろんな考えが吹き飛んでしまう。マナーについてあれこれ悩んでいたが、嘘のようだ。


 ***


 竜魔人族での食事方法。
 まず伴侶は配偶者の膝の上に座る。そう聞いた瞬間、何かの冗談かと思った。──が驚く事なかれ、この後のほうが更に問題だ。次に相互に食べさせ合う。ちなみにここで相互に食べさせないと竜魔人は数カ月に渡って尾を引く。というのも栄養補給こそが《求愛給餌》、つまりは最大級の求愛好意となるらしい。

 そのため食事もすでに一口サイズに切り分けられ、食べやすくなっている。これでは人族のテーブルマナーなど無意味だ。作法も何もない。
 朝食の途中でヘレンさんから《求愛給餌》の説明をされたのは、確信犯だと思われる。どおりで食事前にセドリック様の機嫌がすこぶるよかったわけだ。理由を知った以上、この羞恥を素面で耐えられるだろうか。知らなかった方がよかったような、知って気構えができてよかったと思うべきか。

(──って、本当に王族の一員になるように、日に日に外堀を埋められているような……)

 それにしても国によって食事のマナーって本当に違うのだと改めて思った。なんというか所作が綺麗とか音を立てないとかではなく、相手に喜んで食べてもらう──ということが大前提の食事。恥ずかしくはあるものの、厳しすぎたマナー講座ではないことに安堵している自分がいた。
 食事中、セドリック様からの「はい、あーん」は心臓に悪い。でも食べるのを躊躇するとあからさまに悲しそうな顔を見せるのだから、断れない。私の体調に合わせて白身魚のソテーや野菜もスープにしてくれて食べやすい。
 ふとテーブルの端にサーモンと菜っ葉のキッシュが目に入った。キッシュやパイ系が好きだったので、さらに手を伸ばす。

「オリビア、それは父上のものだから駄目ですよ」
「あ、ごめんなさい……」

 どこか冷たい声音に、心臓の鼓動が跳ね上がる。
 気が緩んだ瞬間に、失態をするなんて──。

(暴言、あるいは叱咤される前に、謝らないと!)
「私たちの分はジャクソンが今作っているでしょうから、そうですね午後のおやつに食べませんか?」
「え……」
「ああ、そうです。アップルパイなどはいかがですか?」
「アップルパイ……!」

 思わず反応してしまった。「落ち着きがない」とか「はしたない」と言われると思ったのだが、セドリック様は「オリビアの笑顔、至近距離は心臓が」とか「尊い。ヤバいかわいい」と本心が駄々洩れだった。

 食事を終えても私を膝の上に乗せているセドリック様は終始満足気で、口元が綻び過ぎている気がする。ふと口元にソースが付いているのに気づいた。
 ハンカチで拭こうと思ったが手元にないので、周囲に霧散している魔力(マナ)を使って即席だがハンカチを錬成する。内職で作った物ほど凝ったものではないが、口を拭くには十分だろう。そう思っていたのだがセドリック様はなぜか固まっていた。