「……陛下」
「私はできる限りオリビアの傍にいると決めたのだ。これからはたくさん愛でて、思う存分甘やかせたい」
「あまり構いすぎますと嫌われてしまうかもしれませんので、ほどほどになさって下さい」
「うっ……」
「……妻のルナーも構いすぎていたら怒ってしまって、死ぬほどつらい数日を過ごす羽目になりましたから。陛下にわかりますか? 朝の挨拶はしてくれるのに、食事は別ですよ、別。スキンシップも最低限で抱擁もなし、キスすらしてくれなかったのですから。……あれは地獄です」

 ルナーは執事アドラの妻だ。人魚族で普段はツンツンしているらしいが、デレ期になると甘えるところが可愛らしいようだ。この執事(アドラ)の場合は、そこ意地が悪いので色々と大変だろう。

「……それはお前の言動が原因だろう」
「フフフッ、陛下も結婚すればわかりますよ。そしていかに他の男と接点を絶つか画策するようになります」
(執事としては有能なのだが、妻のことになると途端にポンコツになるな。……私もああなるのだろうか。気を付けよう)

 そこでふと思った。
 種族によってデレ期の頻度が異なるということだ。竜魔人族は殆どが伴侶となる種族に合わせてデレ期が決まる。獣人族であれば三か月から半年に一度、エルフ族であれば年に二度、妖精族や人魚族などは個人差があるが季節限定などもある。普段ツンツンしている種族でも、デレ期では、甘々な態度を伴侶に取るのだ。そのギャップに萌える者は少なくない。

 では人族はいつなのだろう。
 基本的にデレ期の時期になると、伴侶との時間を最優先事項に置こうとする。それによって各家庭で休みの取り方が変わる。魔物が大量発生するなどの非常事態の場合は別だが、我が国の労働時間は人族ほど多忙ではない。それもこれも竜魔人族の寿命の長さゆえだろう。

「人族のデレ期はあるのだろうか。脆弱で出産で命を落としかねないというのなら生涯に一度とかになるのだろうか」
「人族ですか……」

 正直、オリビアがデレ期に入って甘えたら悶絶するかもしれない。あの人に甘えることが苦手な彼女が「離れたくない」なんて言われた日には、自分の心臓が持つか不明だ。もっともこんな妄想を走らせているよりも前に、好きになってもらうところからだが。そんなことを考えていると、アドラは「たしか」と口にしつつ、とんでもないことを言い出した。

「人族の場合は短命でもあるので、デレ期という周期はなく、伴侶がいればいつでもデレ期に至ることができるらしいです」
「は」
「期間を区切るのではなく、毎日とはいやはやなんとも羨ましい」
「おい」

 人族、恐るべし。よく考えれば人族はあっという間に数を増やす。というのはそれだけデレ期の制限がないということだ。脆弱で短命な人族という種族に感嘆した。愛しい伴侶と触れ合う機会が増えるのだ、嬉しいと思うのは当然ともいえる。つまり、オリビアが私を好きになってくれたら、毎日甘えてくれるかもしれない。
 率直に言って最高だ。天国だろうか。
 もっともオリビアのペースが第一なのは変わらない。傍らで「すぅすぅ」と眠っている彼女が愛おしくてたまらない。

「それでは良い夢を。我が主」

 そう言うと今度こそ影に同化して姿を消した。
 静まり返った室内で、オリビアの規則正しい吐息が聞こえてくる。
 弱り切った小動物のような姿を見て庇護欲が急上昇したのは言うまでもない。竜魔人は伴侶となる相手には特別な香りが感じられるのだが、オリビアから漂う香りは傍に居るだけで癒される。相手に拒絶された場合、こういった甘い香りは漂わない──らしい。彼女に嫌われていない。それだけで天にも舞い上がるほど嬉しくてしょうがない。

 百年前の記憶を思い出さなくても、国一番の魔術師としての才覚が出なくても構わないし、昔の彼女に戻ってほしいとは、まったく思ってない。
 今のオリビアが幸せなら、それ以外のことは些末でしかないのだ。

「貴女の幸せの中に私が含まれていたら、これ以上のことは無いのですが」