吹き抜けの階段のところまでなんとか辿り着き、そこで屋敷を尋ねた客人たちが誰なのかわかった。
 法衣に身を包んだ枢機卿と、甲冑に身を包んだ騎士たち。
 物々しい空気に屋敷の使用人や侍女たちも動揺しており、枢機卿の後から屋敷に足を踏み入れた人物によってさらに空気が変わった。

 この国の第二王子クリストファ・ドナルド・ドレーク、私の婚約者が現れた。金髪碧眼の美丈夫で、佇んでいるだけでも雰囲気が違う。今年二十三歳という若さでありながら、国王の片腕として政務を執り行っている。民衆からの支持もあり、「王族の鑑」と使用人たちが話しているのを耳にしたことがあった。

 婚約者となってから半年は足しげく屋敷に通ってくれたが、一年、二年と経つにつれて顔を見せずに発注書やら頼みごとの書状ばかりが増えていった。贈り物は定期的に寄こしてくれるものの、その殆どは叔父夫婦や使用人たちに奪い取られてしまったが。
 久しぶりに顔を見せた殿下は、私に声をかけた。

「やあ、オリビア嬢」
「クリストファ殿下、竜魔王の生贄とは何かの冗談でしょうか?」

 困惑する私に、クリストファは柔らかな笑みを浮かべた。その笑みに安堵しかけた直前。

「いいかい、オリビア。竜魔王から直々に指名を受けるなんて、これ以上の名誉なことはない。婚約者としてとても、とても辛いけれど……これも我がエレジア国の繫栄のため受け入れてくれるだろう」
「なっ」

 耳を疑うような言葉に、固まった。
 あっさりと婚約者を切り捨てる声のトーンが、愛を囁く時と変わらないのだ。つまり彼にとって私はその程度の存在だったのだと今更ながら思い知らされた。

 もっとも薄々は気づいていた。
 クリストファ殿下の婚約者となったのは三年前。亡国の令嬢を王族が保護する名目で婚約は結ばれた。

 そこには政治的取引しかなく、愛はない。「オリビアを思うことはない。けれどこの国の次の世代の王として、生活が困らないように尽力する」と言葉をかけてくれたのだ。言葉通り衣食住の手配をしてくれた。
 だから愛はなくても、情のようなものはあると期待していた──いや、そう思いたかった。

「クリストファ殿下。話が違います!」
「そうだったかな」
「私たちは祖国フィデスの呪いを解く方法を模索するため、錬金術や付与魔法の提供の代わりに三年の間の保護を条件に入国したと叔父から聞きました。婚約をするのも一時的なもので、祖国を復興させるため助力していただけると──」
「おや、君の叔父夫婦から聞いた話とはいささか異なるようだが。……国民が石化して滅んだ国などより、我が国の危機が大事なのだからしょうがないだろう。何より君が我が国に亡命して三年、石化を解く方法を見つかってないと聞くが」
「それは……。魔導ギルドに委託からの報告がまだなだけで、調査を進めてくれているはずです」