侍女長が一歩前に出て金髪の綺麗な髪が揺らいだ。青空のような美しい瞳に艶々の肌、外見は私と同じくらいだというのに健康的で、胸の発育もよく、黒のメイド服もとてもよく似合っている。エルフ族だろうか。とても美人で「この人がセドリック様の王妃だ」と言っても不思議はなかった。グラシェ国は美男美女が圧倒的に多すぎる。

「本日より王妃様の身の回りのお手伝いをさせて頂きます侍女長のサーシャと、傍付きとして彼女の名前はヘレンと申します」
「傍付きに任命されましたヘレンと申します。以後よろしくお願いします!」

 二人が私に向ける眼差しは侮蔑でも、嘲笑混じったものでもない。純粋に私の世話係になったことを喜んでいる──ように見えた。そのことに驚いたが、それよりももっと驚いたのは──。

「王妃……?」
「オリビア様のことでございます」

 伴侶。番。そして王妃。
 本当にそれらのイコールは生贄なのか。素直に聞いてもはぐらかされる可能性はある。けれども、我慢できずに口をついて言葉が溢れた。

「あの、どうして私は──歓迎されているのでしょう。王妃というのも……この国では生贄のことをそう呼ぶのでしょうか?」
「え?」

 困惑する私に何か察したのか、サーシャさんが目を光らせた。

「失礼ですがオリビア様。エレジア国で三年間ほど静養していたと伺っていますが、どのように話を聞いていたのですか?」
「静養? ええっと……三年前にエレジア国の王家に保護を求めたとか。王家は、子爵家としての生活面に関しては援助などしてもらった──と叔父夫婦から聞きました」

 クリストファ殿下や聖女エレノアの話した内容ではなく、あくまで叔父夫婦から聞いていた内容を彼らに伝えた。

「保護、ですか。その割に肌や指先は荒れていますね。しかも侍女見習いがするような──」
「そうですね。……お恥ずかしい話、部屋の掃除や食事は自分でしてきました」
「使用人や侍女は屋敷に居なかったのですか?」

 叔父夫婦が雇った使用人や侍女を数えれば二桁はいただろう。けれど──。

「使用人たちは私のことをよく思っていなかったようです。叔父夫婦に怒鳴られる日々が続き、使用人たちも私をぞんざいに扱うようになっていきました。結果、自分の身を護るため、掃除や洗濯、食事など身の回りの事は自分でしてきました」

 耳にこびりついた怒声が脳裏に過る。
 叔父夫婦はいつも「貴族としてマナーがなっていない」とか「礼儀作法がまったくできてない」など嫌味をネチネチ言うのだが、私に何か頼みごとがある時だけは猫なで声で頼んでくる。それも「フィデス王国復興のため金子が必要だ」と大義名分を引っ張り出してきて仕事量を増やしていく。結局私は、叔父夫婦にとって搾取要員でしかなかったのだろう。私を納得させるために話していた言葉はすべて嘘ばかりで、クリストファ殿下や聖女エレノアも良いように利用してきた。その状況は今も同じかもしれない。
 今度は命を取り上げようとしているとしたら?

(また騙されている可能性だってある。怪我をしたままの供物では無意味だったから治癒してくれたとか……。そもそもフランがいない今、生きていたって……)

 騙されているのなら、騙されたまま私は今までできなかった贅沢の限りして──生贄として殺されるのもありなのかもしれない。
 極端ともいえる結論だったが、私にとって今まで生きようと思えたのはフランがいたからだ。『亡国の復興』という目標も含まれていたが、あれは叔父夫婦が言い出したことで「それなら私も祖国のために」と思ったのであって、今は記憶のない祖国に対して何とかしたいとは思わなかった。

 もう頑張らなくていい。
 生に固執しない──そう考えに至ると気持ちが少し楽になった。
 少し心に余裕ができたからか、周囲の空気が重いことに気付いた。
 沈黙。急に全員の表情が曇っている。確かにこんな気分の悪い話をされたら困るだろう。なにか話題を変えようとした瞬間、サーシャさんが口を開いた。