思わずオウム返しのように言葉が漏れた。
 セドリック様の話では百年ほど前、私はフィデス王国にセドリック様の兄、竜魔王が来訪した際、悪魔の罠によって魔物の総攻撃に見舞われたという。一瞬で国が滅ぶような総攻撃に対して国民を守るため、フィデス王国一の魔術師が石化魔法を行使したという。
 幼かったセドリック様だけが事態を把握しており、また兄王から竜魔王代行を任命されたという。それから百数年が経ち、私とフランだけが石化魔法が解けた。

(どうして……私とフランだけ?)
「当初は我が国で保護していたのですが──」
「陛下。お話中に、失礼します」
「ん、ああ。来たか」

 宮廷治癒士と、侍女長が部屋に到着した。ひとまず怪我の具合を診てもらうことになったのだが、セドリック様は私を離すまいと抱きかかえている。このまま手当をする流れになりつつあったが、宮廷治癒士は冷ややかな視線をセドリック様に向けた。心なしか眼が笑っていない。

「あの陛下」
「なんだ? このままでも治療は可能だろう」
「いえ。まったく。陛下の魔力が周囲に漏れて、治癒魔法が掛け辛いのですが」
「む。……部屋の隅に居るのは」
「駄目です」
「……どうしても駄目か」
「駄・目・で・す。あと返り血で服が汚れているのですから着替えてきてください! オリビア様に嫌われたいのですか?」
(え、私!?)
「…………わかった」

 陛下の方が立場は上なのに、宮廷治癒士に一蹴されている。しょんぼりと肩を落とすセドリック様が何故か可愛らしく見えた。

(そういえばフランが落ち込むと、いつもあんな風に尻尾を引きずっていたような……)

 哀愁漂う背中を見るたびに、言葉をかけていたのを思い出した。「終わったら一緒にお茶をしましょう」と──。

 懐かしくて心の中で口にしたつもりだったが、どうやら自分でも気づかないうちに声に出ていたようだ。全員の視線が私に向けられる。

「? …………あ。えっと、これは」
「一緒にお茶ですか。そうですね、約束ですよ。オリビア」
(急に機嫌がよくなった!?)

 とびきりの笑顔を見せたのち、セドリック様はスキップしそうな勢いで退室した。聞きそびれてしまったが、これはこれでよかったのかもしれない。不敬かもしれないが今までの流れで、あの方が本当に竜魔王様なのか疑問に思ってしまった。

「私は宮廷治癒士のローレンスと申します」
「よ、よろしくお願いいたします」
「頭を下げないでください。それに敬語も不要です」
「そう言われても……」
「では慣れたらそのようにしてください」
「あ、ありがとうございます」

 ローレンス様は、セドリック様とは違う竜魔人で、金髪碧眼、白い外套を羽織った柔和そうな男の人だった。
 
 私相手でも紳士に接してくれる。『ローレンス』という名に聞き覚えがあったが、すぐに霧散してしまう。最近どこかで聞いたような。

「それでは始めます」