「!」

 景色が一変し、豪華絢爛な城が突然姿を現した。しかも漆黒の甲冑に身を包んだ騎士に、真っ黒なメイド服、出迎えた青年は血塗れで白い毛皮付きコートが赤銅色に染まっている。
 魔物を斬ったのは眼前に立っていた青年だった。

 それだけで卒倒しそうだったが極めつけは、その青年の外見だ。捻じれた黒い角、尖った耳、精悍な顔立ちだが口を結んでおり、肩ほどの真っ青な髪に、紺藍色の瞳がジロリと私を見つめる。目が合った瞬間、気絶しなかった私を褒めてほしい。

「あ……っ」

 喉が詰まって声が出なかった。一瞬で彼が竜魔王だと察した。
 ここで挨拶をしなければ侮辱罪で殺されるかもしれない。いや、どのみち生贄になるのだから関係ないだろう。

「すまない。門を開けた瞬間、空間が歪み魔物を呼び寄せてしまったようだ。怪我は?」
「あ、その……いえ、大丈夫です。……失礼ですがあなたは」
「私か……。私は現竜魔王代行を務めている。王弟セドリックだ」
(この方が……現竜魔王……代行? 王弟と言っていたけれど竜魔王様と呼べばいいのかしら?)
「……オリビア・ロイ・セイモア・クリフォード」
(ロイ・セイモア?)

 クリフォード家としてはあっているが、グラシェ国ではそう呼んでいたのだろうか。ほんの少し考えつつも「はい」と答えた。
 そもそも生贄に名前の確認が必要なのだろうか。そんなどうでもいいことが頭をぐるぐると巡った。たぶん、フランが居なくなってから亡国の復興もどうでもよくなってしまったのだ。
 僅かな沈黙。

(フランとあの時に死んでしまえばよかった)

 気づけば涙が頬を伝って流れていた。
 それに気づいて竜魔王は僅かに困惑したような表情を見せる。

「竜魔王陛下、この身を捧げるにあたって一つ願ってもいいでしょうか」
「え、あ──ああ」
「私が死ぬときは、フランと一緒に埋葬していただけませんか」

 やけくそだった。
 何もできないまま死を迎えることが悔しくて、苦しくて、悲しい。
 けれどそれ以上にフランのいない毎日が考えられなかったのだ。瞼を閉じて、死を覚悟したのだが──。

()()()()。……ええ、もちろん。私の死は貴女と共に──」
「…………?」
「百三年、待った甲斐がありました。オリビア、グラシェ国一同、貴女を心から歓迎いたします。私のたった一人の花嫁」
(はな……よめ? あ。この国では生贄なんて言葉を使わないのね)

 そう納得しかけた瞬間、歓声が沸き起こった。
 拍手喝采。花火のようなものが打ち上がる音まで聞こえてくる。空を仰ぐと実際に花火が上がっていた。
 ついに幻聴に幻覚まで──。私はおかしくなってしまったのだろうか。

 百三年待った。
 心からの歓迎。
 この国の処刑はお祭りのようなものなのだろうか。怖くて目を開けることができなかった。そのうち立っていることも出来ず、体が傾いた。目を瞑り「倒れる」と痛みを覚悟したが、いつまで経っても痛みはない。

 恐る恐る目を開くと、竜魔王陛下の顔がすぐ傍にあり自分が抱き上げられていることに気付いた。
 温かい。
 こんな風に誰かに抱きしめられたのはいつぶりだろう。クリストファ殿下とは婚約者だったけれど、恋人同士のようなふれあいはなかった。心細くて寂しくて、つらくて苦しかった時に寄り添ってくれたのはフランだけだった。あの子を思い出すと涙が溢れそうになる。

「フラン……」
幼名(ようめい)もいいですけれど、私の本当の名前も呼んでいただけないですか?」
(よう……めい?)
「フフッ、やはり思い出せませんか? 今から百三年前に私は貴女に求婚したのですよ。あの時は子供でしたから、真剣に受け取ってもらえていなかったようですが」

 私を抱きかかえるその手は大きくて、ゴツゴツして傷跡も見受けられる。それでも温もりが心地よい。竜魔王は私の肩に顔を埋めて、幸せそうに喉を鳴らしている。

 どう考えても処刑をする雰囲気ではない。むしろ城総出で歓迎されているようにしか見えない。ここでようやく私は周囲の人たちの拍手喝采に違和感を覚えた。
 誰も彼もが「祝杯」とか「結婚パーティー」とかおめでたい話をしている。処刑、生贄、儀式などの単語は一切出てこない。クリストファ殿下や聖女エレノアたちの証言とは全く違う。予想外の展開に処理能力が追い付かないで困惑していると、竜魔王陛下は私と同じ目線で尋ねる。