観客席は計三部に分かれている。クルーラローチャナ一族専用の特等席・一般観覧席、そして出場者の関係者に与えられた簡素な無料待機席。もちろんシャニと正妻には基壇上に豪華な玉座が整えられ、また有料席からあぶれた民と、その代金も払えない貧しい人々で、立ち見の山が出来るのは必至だった。

 ナーギニーが連れていかれた無料待機席のすぐ右隣には、踊り子達の為の更衣室が設けられていた。形だけは何とか更衣室の名を留めているが、歪んだ支柱四本で支えられただけの貧相な天幕である。褪せた綿布を無造作に重ね合わせた入口の隙間からは、色とりどりの舞踊衣装が揺らめき、様々な色の肌がちらつき、ひそひそと話す声や驚いたような奇声が発せられていた。

「ねぇねぇ、背中のホック留めてったら」

 褐色の娘が背後の母親にささやいて、応じる指先が垣間見えた。笑い声もあれば、緊張の余り泣き出した者もいる。歯の欠けた大きな口。睨みつけるようなギョロリとした()。ナーギニーにとっては全てが異質であり、受け入れる方法など到底見出せない。更に辺りを見渡せば、そのような人波が舞踊を楽しみに期待を膨らませながら、席に腰掛け談笑しているのだ。一度の経験もなしに幾千もの(まなこ)に晒される明日の午後、自分はしっかりと舞うことが出来るのか――いや、ナーギニーにはもはやそれすら考える余地もなく、ただ一心に「この場から逃げ出したい」という欲求の渦に呑まれていた。けれどそれが不可能である以上彼女の出来る精一杯のことは、誰にも見つけられないようにひたすら身を縮込ませることだった。