「ナーギニー……どうか負けないで。本当の自分を目覚めさせて」

 シュリーはどうにか少女を階上の室内に運び、寝台にその身を横たえさせた。今もすやすやと眠り続けるナーギニーの右手を取り、祈るように手の甲を自分の額に当てた。

「あ……コ、コなの……? シャニがあなたに触れた場所は!?」

 ヒリヒリと()けるような感覚を得て、眠る少女につい問いかけた。彼女が頷く筈もないが、シュリーは自分の勘に確信を持った。

 自身のハンカチーフを取り出し、その甲を優しく拭ってやる。次に少女の胸元からブルー・スター・サファイアの指輪を引き出して、そっとその部分へ触れさせた。

「お願い、ナーギニー……シャニの毒を追い払って」

 両手で指輪と右手を共に包み込み、更にそれに自分の頬も触れさせ、シュリーは深い祈りを捧げた。やがて想いと共に溢れ出た涙が、シュリーの指の間をすり抜け、ナーギニーの指も温かく濡らした。

「あっ……そうね、それなら」

 或ることに思い到り、今度はナーギニーの唇に自分の頬を押し当ててみた。先程のような熱い感覚はない……これを伝えれば、少しはイシャーナも安心するだろう。シュリーは身を起こし、これからなすべきことに心を向ける。

「……名残り惜しいけど、もう行くわね。明日必ず……彼があなたを助け出すから」

 ほんの少し唇を少女の額に触れさせ、シュリーは後ろ髪を引かれながら部屋を後にした。

 独り残されたナーギニーの口元は微かに笑み、目尻には真珠のような淡い涙が輝いていた――。



[註1]イシャーナがナーギニーと初めて出逢った場面で、彼女の名に違和感を覚えたシーンは、第二章四話目[遭遇]の以下の地の文にございます。

>「ナーギニーって……いうんだね?」

 少女がホッと安堵の息を吐いたことに、青年は気付いたようだった。同じ穏やかな気持ちを含みながら、ゆっくり彼女の名を口にする。しかしその途中で僅かに言い淀んでいたことは、鼓動が耳奥を木霊してやまないナーギニーには気付くことは出来なかった。